i met him when i was walking alone.

供物

2.


森の中、獲物を狩り追いつめているようなつもりでいたが、
誘われたのをついていっただけだったのかもしれない。

普段は他愛無いのに、ときどきひどく思わせぶりなまなざしをする子供だった。
子供…男か女か、実はそれすら定かでなかった。

性別氏名住所その他の基本データを持ち合わせなかったわけではない。そんなものはすぐに調べが着いた。ネットワークに接続すれば知れることだ。隠されていることなど何も無く、第一、本人も最初からゾルディック家の末弟と名乗っていた。

ただ、どうしても「ほんとうのところ」がわからなかった。それは主に、子供が常にあでやかな民族衣装――着物と呼ばれる長衣――それも女性のものを身につけており、しかも違和感無く似合っていた事による。親の趣味か、本人の好みか、職業上の理由か(既に一人前の暗殺者だった)は全くもって不明だった。
更に不可解なのは、子供が蜘蛛に居る意図や目的についても同様だった。
本人が隠しているからというわけではない。それなりの説明は与えられていたのだ。だけど言葉は断片的で、いくら聞いてもどうも腑に落ちない。要はそういうことだった。


そしてそのときも、やはり明確なことは何も無かった。意図的に誘惑しているのか、それとも本人は無自覚で見ているこちらが勝手な解釈を加えているのか。
そのどちらにもとれたし、どちらでもないようにもとれた。要はあの眼差しの前では全てが曖昧になってくる。
実際、本人も、どうでもいいのかもしれなかった。







(虚心。)


あのとき、空を見ていた。
丁度、自分の頭上、黒い木立の切れ間から見え隠れする半月の方を向いていたのかもしれない。

夜露に濡れた下草の上に自分の上着を敷いて、その上に華奢な身体を横たわらせるくらいの配慮はした。
外気に惜しげも無く晒された白い裸身が朧げな光に浮かび上がる。

確かに男児だった。だけど、手を加えられていた。それも随分前に。年齢の割に肌が柔らかく、身体の線が少女のような丸みすら帯びているのはそのせいとわかった。長じても普通に男性として成人する可能性は低いと思われた。

子供にもう微笑みは無く、目を閉じることもせず、どこか放心したような表情でなすがままにされている。自分の身体を見られることも、それで相手が何を思うかということに何の頓着も無いようだった。慣れっこになっているとでもいわんばかりの無関心さだった。

その眼差しがあまりにも虚ろで、人形、という二文字が不意に脳裏に浮かんだ。

だが、滑らかな肌に自分の指が触れた瞬間のことだ。
見開かれた瞳の、どこまでも澄んで透明な無関心の底に、本当に微かにだが一瞬だけよぎった影があった―――気がした。


(空虚……?)


(いや、違う。)


(――――悲哀。)


その刹那、唐突に、目の前の生き物を只、ひどく美しいと思った。いつも眺める絵の少女よりも、ずっと。

それは痛みのように感じるほど鮮烈な感情で、自分でも驚き思わず手が止まった。


身体への働きかけが止まった途端、初めて子供が反応した。彼方を向いていた視線がふいと戻り、上に乗っている人間をじっとみる。夜空を映し込んだような色の瞳。白い頬と唇が柔らかく動いて、微笑みの形を取るのが見えた。草むらに埋まっていた細い指がゆっくりと持ち上がり、自分の肘から二の腕を滑るようになぞっていく。その手のひらは少し汗ばんでいて、ひんやりと冷たい。

身体の奥から熱がゆっくりと掻き立てられるような感覚につつまれる。同時に強烈な違和感がわき上がった。

身体、所作、表情、あまりにも精巧で完成され過ぎていたからだ。
見事なまでに作り込まれていた。
まだあどけなさの残る顔立ちに不似合いなほどに。

先ほどかすかに示した感情の片鱗は表情からかき消えて、大人しく従順に、だけど慣れた娼婦のような手つきで自分を撫でる。
一瞬垣間見せた隙ゆえに、返って技巧が際立って見えた。


この子供はほんとうに良く出来ている、と思った。
途端、壊したくなる。
血を好む者の悲しさ、攻撃的な衝動がわき上がる。

だが、腕の中に組み伏せられて居ようとも同僚は同僚。このまま引き裂くわけにもいかず、かろうじて踏みとどまる。
要はいつもの拷問と同じプロセス。
欲望のままに目の前の肉体を引き裂いては、目標を達することなど出来はしない。衝動の制御に基づく攻略、応答、その駆け引きから果実を得なければならないのだ。


昂る気持ちのはけ口程度に、貪るように口づけ首筋に舌を這わせ、着物がすっかり脱げて露になった肩に噛み付いてみる。痛みに少しひるんだ相手が姿勢を変えようとするのをねじ伏せ、乱暴に後ろから犯った。多少なりともあがるであろう悲鳴や抵抗の動作を予期しながら。
だが、赤い唇から漏れたのは媚を含んだ快楽の叫び。

空虚な眼差しが自分を求めていたはずもなく、それどころか自分を通りこして遥か彼方を見ていたことに、気づいていた。何より、貫いたとき熱しきっていなかった身体が、ほんのわずかとはいえ喘ぎ声に紛れ込んでいた空々しさが、それを雄弁に物語っている。だが、子供から戸惑いや恐怖の僅かな痕跡はすぐにかき消え、漏れる吐息にも切実な悩ましさが混じる。


(身体は正直。でも…こいつ、大したものね。)


技巧、媚態、作り込まれた仕草。短い生涯のいつどこでこんな物を覚えたのか。
瞳を固く閉じて、喘ぐうちにそれを本当にしてしまう。少し過剰なくらいの演技もすぐに疑いようのない情熱に化ける。いやそれどころか、失敗の埋め合わせとでも考えているかのように、冷えたまますぐに暖まらなかった身体を、冒頭に訪れた一瞬の放心を悔やんでいるかのように、子供は真摯に乱れた。


抱きつぶすような勢いで体重をかけ地面に押し付け揺さぶり、最後は白い肌の上に欲望をぶちまける。
子供は驚き不愉快そうにしたが、口づけたら、またあの絶妙な適応力で応え返してきた。
細い身体を抱きしめようとすれば、まるで意図を読んだかのように先に向こうから手を回す。

精液や体液で濡れて少し冷たい肌と肌が触れて滑り、絡まり、自他の境目が定かでなくなるような刹那の錯覚。ひどく苦い接吻。それら全て心地よいと思う自分に気づき、つい苦笑が漏れる。


そして、わかった気がした。


この子供は徹底した嘘つきだ。それも、恐らく自分にすら嘘をつくことが出来て、必要とあらば嘘を誠に変えることすら辞さないほどに。

だけど、嘘の合間に垣間見える一瞬の意志、火花のように散る情念がある。
そしてそれをすぐに覆い隠してしまう技巧も。

これら全てが若さ故の危ういバランスの上に成り立っていて、
どうしようもなく、見る者の心を―――――――――惹きつけるのだ。






まだ続きます…