レインボー

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(二)

日のあたる中庭に出たとたん、不意に呼び止められた。
「あれ、キルア。どうしたの?」
最悪のタイミング。ゴンだった。

「…なんだ、思ったより帰んの早ぇな。お前。」
「うん、結局隣町まで行くの諦めたんだ。近くの店でも似た食材手に入ったし。今晩の食事には足りるかと思って。…二人とも、もう来てる?」
「ああ…。あっちにいるぜ。挨拶でもしてくれば。」
この場を早くやり過ごして、一人で部屋に帰りたくて、目を合わせずに言った。だけどいつもは鈍いお子様のくせに、こういう時に限って騙されてくれない。

「キルア、」
黒い瞳がみてる。やだな。本当に、変なときに勘がいいこいつ。
一瞬の沈黙。
「俺、材料台所に置いてくる。」
何言われるのかと思ったら、あっさりとゴンはきびすを返して母屋へと去っていった。
俺は一人で安堵の溜息をつき、ぼんやりと色鮮やかな彩色タイルの上に踊る木漏れ日を見つめる。

本当は、パドキアになんて帰ってきたくなかった。
街に出ると、今でもあの重苦しい故郷の山が俺たちを見てる。
憂鬱が盛り上がる。捨てたい記憶の存在を思い出す。

でも、前の仕事で世話んなった人が、夏休み中留守にしている自宅を俺たちに預かって欲しいと頼んできて断れなかった。しかも渡りに船とばかりに、ちょうど俺たちの次の仕事もこの近くだった。

その白い美しい家は、ガキ二人のためには贅沢すぎる空間だった。故郷の城で暮らしてた過去からすれば広さは対した事無いけど、格別の雰囲気があった。
二つの向かい合う家屋が光と緑の満ちた中庭でつながれている。鳥の声が聞こえて、建物に切り取られた初夏の空はどこまでも透明に青い。淡い黄や青の花がちらほらと咲いていた。路地からそう離れてないのに、そこにいると街の喧噪が別世界のようにさえ思えた。

だけど今は、中庭の優しい木漏れ日すらあまりにも眩しくて堪え難い気分。
重い足取りで、寝室へと向かった。階段をのぼり、カーテンが閉まったままの小部屋に入ってドアを閉めると、もうどこにも行きたくないような倦怠が襲ってくる。

意味も無くからだが重い。
何もしてないのに、疲れた。

ベットの上に崩れ落ちて、天井をじっと眺めたまま、目を閉じた。

ふと、上ってくる軽い足音が聞こえた。
ああ、やっぱり来ちゃったか。

「キルア、入るよ」
ドアが開く気配がして起き上がると、そこには、馬鹿正直に心配そうな顔のゴン。

「…なんだよ。二人のところにいればいーじゃん。」
「二人は観光にいくって外に出てったよ。まだ昼前だし、いろいろ回りたいって。」
「こんな国、見るとこなんてねえよ。」
「そんなことないよ。」
「で、お前は何しにきたわけ。」
「……。」
「…セックスでも、しにきた?」

ああ、まただ。あの不愉快な気分。どうして俺はこんなこと言っちゃうんだろ。

ゴンが俺を見る。真っすぐに、本当に、みじんのためらいも無く、正面から、見つめる。
そして破顔一笑。
とたんに、嘘みたいに空気が緩んだ。

「別にそのつもりじゃなかったんだけど、」
気づくと至近距離にゴンの顔があった。額と額がくっついて、
「…それもいいかもね。」
息がかかるくらいの近さで、俺にささやく。

ゴンが俺の唇にキスした。
次に頬、そして首筋に。






〈作者後記〉

…ほんとは、やらせるつもりじゃなかったんですが…。キルアだめすぎ。(←責任転嫁)
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