レインボー

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(一)

毎年、初夏のこの時期になると、虹色の旗が中央広場を埋め尽くす。
広場へと続く道も群衆で埋まる。ビートの効いた音楽が空気を揺るがし、歓喜の声と共に人波がうねる。
俺は見ていたけど、それが何かなんて考えた事も無かった。



パドキア共和国、は俺の故郷だ。一応。

一応、というのは、大抵は山に閉じ込もって暮らしてたし、「仕事」は外国でやることが多かったしで、あんまり実感無いから。

この国の中で起こることがらについて、俺は本当に関心がなかった。
単なる無知っていうのでもなかった。政治や経済については、テレビのニュースや兄貴の受け売りで、「仕事」のため必要最低限のことを知っていた。多分同い年の他のガキどもよりも物知りなくらいだったと思う。
でも基本的に、興味が無かった。必要に応じて覚えて、忘れることの繰り返し。

だから、仕事にも自分の生活にも関係ない人ごみのことや、その意味を知ろうなんて思うはずもなかった。

だけどこないだの週末、久しぶりにレオリオとクラピカに会ったときの事だ。
いきなりレオリオが訊いてきたんだ。

「お前らもパレード行くのか?」
「パレード?何の?」
「あれだよ、ほら、もうすぐだろ。LGBTのパレード。」
「…は?」
「なんだよ、知らねえのか?当事者のくせに。」
当事者…?俺は何の話をされているのかすら、見当がつかない。

「LGBTは、レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスの略だ。」
助け舟を出したのはクラピカだった。
「毎年夏になると、世界の各地で同性愛者や他のセクシャル・マイノリティ達が集まって、パレードをやるんだ。なかでもお前の故郷、パドキア共和国のそれは、規模が大きくて盛り上がることで知られてる。」

「…へえ。」
俺はなんて反応したらわからなくて、ぼんやりと返事をする。LGBT、あ、そう。で、当事者って何?全然ピンとこない。

「何だよお前、マジ全然知らねえの?俺なんて小学校の社会の時間で習ったぜ?パレードの歴史と由来、とか。ありゃあ、世界の行事と文化について学びましょうっていう授業だったかな。」
「…レオリオ、それはさすがに他の国ではあり得ないと思うぞ。お前の国が先進的なんだ。」
「ああ、そうか。確かに俺の国がちょっと珍しいのかもな…。」
「先進的…って。何の。」
俺はなんか、全然話についてってなくて、くらくらしてきた。
「え、だからぁ、同性愛者の市民的権利の問題についてだよ。決まってんだろ。」
とレオリオ。

同性愛。俺はとっさに、いつかネットで見てた百科事典のページを思い出した。そのくらい、遠い語彙だった。
兄貴や仕事関係のロリコン親父どもと性交してたクソガキの日常とは何の縁もない、透明で無機質な概念。

「でもそういえば、ハンターに多いよな。同性愛。俺の友達で移民管理局勤めしてるヤツが、言ってたぜ。」

俺の反応も待たず、レオリオが事も無げに言いだして、もうただ呆然と聞くしかない。
「ほら俺の出身国ってさ、同性でも異性でも無差別の婚姻が出来るだろ。だから、同性カップルで国籍取得願いだすヤツが多いんだよ。で、そのなかでも、人口 比考えると明らかに多いよなって数のハンターが申請してるんだそうだ。そもそもハンター自体少ない事を考えると、恐ろしい割合だっていってたぜ。」

するとクラピカがなるほどと言った面持ちでうなずき、後を続ける。
「まあ、ハンターなら、何もせずとも国籍取得条件はほとんどクリアしているに等しいからな。婚姻のために、それも二人そろって気軽に国籍を変えられる同性カップルなんてそうそういないから目立つわけだ。」

一体、何の話してんだ、こいつら。

俺は奇妙に動揺していた。
自分でも理由がわからない困惑だった。
だから、これ以上話を聞きたくないような気がして部屋を出ようとした。
と、不意にレオリオが俺の方を向いた。

「そういや、お前の国ではどうなんだ?同性結婚とか、それに準ずる制度あるのか?」
尋ねられて俺は返答につまる。そういえば、全然知らない。見事に考えた事すら無かった。
それも当然。殺人鬼な家族といっしょに、ほとんど無法地帯と化した家で生きてたんだから。自分の国が法治国家だってこと自体、実感無かったし。

黙っていると、おいおい知らねーのかよ。お前当事者だろー、とまたあの言葉を繰り返して、おっさんが笑う。

当事者。一瞬むかついて、当惑して、そしてやっと気づいた。俺がゴンと寝たりすんのと、同性どうしで家族作りたいとかいう話が、どうやら、こいつらの頭ん中で勝手につながってるらしいっていう事に。

マジかよ。
あり得ねえ。

それは俺の生活のリアリティから死ぬほどかけ離れた、遠い宇宙の話をされているような衝撃だった。
どうしてって言われてもよくわからねえ。とにかくそうだった。


「パドキア共和国では、同性同士のシビルユニオンのようなものが可能だ。いわゆる婚姻は認められていないが。」
結局、言葉が出てこなくて、またもや物知り顔のクラピカにフォローされてしまう。
「へえ、シビルユニオン…って、ケッコンとどー違うんだ?」
と口をぽかんと開けてレオリオ。俺はといえばもはや、異星の使者と対峙してるような気分だ。
「一番違うのは、前者の場合、養子縁組が困難だということかな。つまり、同性カップルが養子をとる場合、どちらか片方の子供としてしか登録出来ないんだ。同性のカップルが親になることを認めていない。その意味で、家族を作るには結婚よりも条件が悪いんだ。」
「おー、なるほど。じゃあ、ゴンのくじら島はどうなんだろうな。」

「…バッカじゃねーの。あんたら。」

限界だった。
俺はソファから立ち上がって、振り返りもせずに部屋を出た。
二人が何か悪いってわけじゃないのは頭でわかってたけど、聞いてられなかった。
自分でも意味のわからない、正当化出来ない不愉快な苛立ち。








〈作者後記〉

すいません、なんかダルい展開で…(^^;)。次回からもちょっと軽快にいきます。
そもそもキルアたちはうちらと全然違う星だか社会だかに住んでるんでしょうから、同性愛云々で悩む事がそもそもあるのか?という疑念はあるんですが、でも、(私の頭の中では)初夏っていうとついパレードの季節!なのでつい、ネタに使ってしまいました(あ、行かない人も多いですよ。もちろん)。
なお、「LGBT」というコトバですが、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシャル(両性愛者)、トランス(本来の性と違う服装を楽しんだり、または性転換をしているような人)、の意味の言葉の頭文字をそれぞれとってLGBTです。

余計な言い訳ついでに個人的な話ですが、作者はいままでのところ、日本とパリでこの類いのパレードに行った事があります。いやぁ、楽しいですよ〜。特に私はテクノやハウスが大好きなんで、ただで真っ昼間に踊り歩けるなんて、もう幸せ以外の何ものでもないですv
ちなみにだいたい、こんな雰囲気です(パレード用の観光ガイドページ、英語)。↓↓
http://www.paris-gay.com/actus/marchegb.php
もちろん、日本でもパレードはあります。↓↓
http://www3.to/tlgp2005
規模はちょっと小さいけど。しばらく行けないでいたので、今年はぜひ行きたい。

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