レインボー

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(三)

終わった後、ベットに二人寝転がったまま、キルアちょっと向こうむいて、とか言って、ゴンが背中から俺を抱きしめた。
俺の方が背が高いけど、体格がほんの少しだけ華奢だから、かろうじてあいつの腕に収まる形になる。

まだ正午を回ったばかりで、そのままぼんやり二人で、薄い水色のカーテンの隙間から、陽光が部屋に縞模様を作るのを見てた。俺たち何やってんだろとか思ったけど、でも、しばらく黙ってそのままでいた。

汗が乾いてきて、少し姿勢を変えたくなったころ、本当に何気なくゴンが言った。

このあと、パレードでも見に行こうよって。


* *


「俺全然知らなかったよ。通った時、もう人が集まりだしてて、何かな?って思ったけど。楽しそうだよね!レオリオ達に教えてもらってよかった。」
ゴンがはしゃぐ。文字通り、子供の無邪気さで。

「いいなあ、くじら島にはこんなのないよ!」

空は晴れ渡り、高く青く、色とりどりのパレードカーから大轟音で力強いリズムが響き渡り、車道をびっしりと埋め尽くす人波が揺れていた。色とりどりの衣装をまとい、北国のつかの間の夏を惜しむように、どこまでも華やかに。

踊り狂う人波にまぎれて、うつむきながら歩く。
歩道から、大通りを通り過ぎるパレードを眺めてるだけのつもりだったのが、気がついたらその中に飲み込まれていた。
ゴンのせいだ。

さっき、派手な化粧をしてクジャクのような飾り物を背中にしょったボンデージ姿の男達が二人ほど、クネクネと踊りながら俺たちの前を通っていて、呆然と見ていたゴンと目が合った。
で、おいでって手招きされたら、あいつ、「うん」ってうなづいてフラフラついていきやがる。待てよ、って言ったときはもう遅くて、二人ともパレードに飲み込まれてた。

「キルア、踊んないのー?!」
「……。」
ゴンが耳元で叫ぶ。
周囲の熱狂と大音量で聞こえないふりをしてそっぽを向いた。
踊る気になんて、なれるかよってのが本音。
自分の日常とはまるで縁のない騒々しい空間に放り込まれて、すげえ居心地悪い。だいたい、俺らみたいなガキいないし。

…と、思ったら、背中に七色のマントをくくり付けた7つだか8つだかのガキが、いい年した女二人に手を引かれて目の前を通った。うわ、あり得ねえ。
じろじろ見てたら、親らしきその女二人と目が合って、微笑まれてイライラした。
わけもなく幸せそうな顔してる奴らは嫌いだ。

イライラするから、思考も暴走。
だいたいこんな、踊って何になるんだ。踊って、行進して、訴えて、シビルユニオンを勝ち取った?あ、そう。
それで?一緒に暮らして幸せ?でも、何のために?
どうせいつかは死ぬんじゃん。死ぬ時は一人じゃん。
いや、そんなのはどーでもいいのか。今は関係ないか。
ああ、訳わからねぇ。
なんでだか知らないけど、ムカつく。 きっと暑さのせいだ。
そういえばちょっと頭も痛い。全体的にやっぱ、調子よくない。
…まあ、そりゃそうだよな。だいたい、この国にいて俺、ロクでもないこと以外あった試しないし。

あぁ早く、ここ出て行きたい。



ふと、激しいビートが掻き消えて、俺たちの側にあったパレードカーの曲調が変わった。ポップだけど、どこかスローでメロウなヒップホップ。

そのときだ。
不意に、手をつないできた。

「…なんだよ、急に。」
「別に。なんとなく、こうしたくなったから。」
とゴン。ちょっとうつむいて、ガラにもなくはにかんだ顔で。

低音は響くけど、今は叫ばなくても互いの声が聞こえる。
「…まあ、好きにすれば。」
こっちまで頬が、熱くなった。
さっき、真っ昼間にあんなことしてたくせに、どの面下げてこんな反応。
ズレてるよな、俺たち。徹底的にマヌケで、間違ってる。

あ、でも、

そういえば、街中で手つないだ事なんてなかった。
さっきのように、密室で、気まぐれに抱き合ったことは何度もあったけど。

二人で居ることに、居場所が与えられるものと思った事が無かった。
デート、とかも、それらしいのはしたことない。
ただ一緒にいて、日常は素知らぬ振りをしながら、言葉に出来ない関係を続けてきた。


音楽は更に盛り上がり、目の前で、若くも美しくもないオッサン二人がキスした。
いつもなら、うぜぇとか感じそうなのに、何か崇高なものでも見たように俺の視線は二人に釘付けになった。
握った手に少し力をこめる。ゴンが指を絡めてきた。

未来、という言葉が不意に脳裏に浮かんで、消える。


自分が来年どこで何してるなんてわかんない。
二人で居るかもしれないし、一人かもしれない。
生きているのかどうかすら、正直よくわからない。
別にそれでいいと思う。

俺たちは、何だか、毎日が忙しい戦争みたいな日常を生きてて、明日の保証なんて無くても元気でいられるただのガキだ。それを今すぐ変えたいとかいう気持ちは毛頭無い。

でも、
未来、俺たちの前に延びていく時間。
本当に初めて、今その事を考えた。考える事が出来た。

確かなものを望んでる訳じゃない。
約束出来る事なんて、互いに何も無い。

だけど、唐突に生まれたのは、一つの願い。


この瞬間を、覚えていたい。


今から何年もたって、なんとか生き延びていて、 どこで、誰と何をしてるのかは知らないけど、ふと何かのはずみに 今日の事を思い出して、微笑んだり出来ればいい。

ただそれだけの、儚い望み。



祝祭の喧噪と、つないだ手の体温の確かさに、
なんだか涙が出そうになり、慌てて空を仰いだ。
多分、ゴンは微笑んでる。みなくても何故か、わかる。

陽光が眩しくて、全てがあまりにも鮮やか。

虹色の旗が視界の端に踊って、滲んだ。




END



〈あとがき〉
キルアちゃんお誕生日おめでとーー!!!!
ギリギリセーフで滑り込み…出来ませんでした(泣)。
7/8になっちゃった。


ところで、ハンタ世界の人々って、どんな音楽聞くんでしょうね?つい、ハウスとかヒップホップとかてきとーに書いちゃいましたが…。

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