一つになりたい

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  One  

2.

渚はうがいをしにいった。
壁側を向いてベットにまた倒れ込んだまま、僕はあいつとはもう口もききたくないと思った。
だけどそんなこっちの気持ちなどまるで頓着しない無神経な笑顔で、奴が言うんだ。

「ねえ、次は僕のもやってよ。」

こいつ、殺したい。

「…絶対いやだ。」

「えー、それってずるくない?」

「僕はお前みたいな変態じゃない。」

出て行け、と言いたかったけどここは渚の家だった。そして僕は他に行く場所もないという事実が情けない。

「楽しんでたくせに。」

ふー、とため息をつくような気配がして、ベットのスプリングが軋む。渚が僕を覗き込むようにしているのを感じたけど、そっちの方は見ない。

「何を怒ってるのさ。本当に君ってわけがわからないね。」

すっと伸ばされた手に頬を撫でられたのを、可能な限り邪険に払いのけた。

「触るな。」

「…本当に、何をそんなに怒ってるのさ。」

頭の上からふってくる声のトーンが少し落ちて、暗くなったけど無視する。

「ねえ。」

後ろから少し距離をあけて、でも傍らにそっと寄り添う気配。性懲りも無くまた手が伸びてきて、今度は髪を撫でられた。
また払いのけてやろうと思ったけど、その手の柔らかい感触をふと気持ちよく感じて力がぬけてしまった。


———そして、嫌な事に、背後の気配が遠い何かを思い起こさせた。


そう、似ているのだ。
懐かしい、誰かに。


(…綾波。)



……最初から、実は気づいてた。
綾波が……あんなことになった後、僕がここにずるずると居座ってる理由。
自分でわかってて、考えないようにしていた。

(似てる、から…)


最低だ、と思った。


渚なんかに慰めを求めてここにいる自分が。
綾波はもう—————どこにもいないのに。


ついでにさっき起きた事も思い出して、自分が情けなくていたたまれなくなった。



本気で突き飛ばそうと思えば出来たんだ。なのに、しなかった。
だめだって思ったのに、白い指に……惑わされてしまった。



つないだ優しい手、遠い思い出。
大切な何かを汚してしまったような気がして、胸が苦しくなる。


恥ずかしい。
情けない。


…情けなくて、悲しくなった。
押さえようも無いくらいに。





「…何、泣いているわけ?」

違う、と言おうとして、喉が詰まる。
代わりに漏れたのは嗚咽のような短い声。不覚にも涙がこぼれた。

「また、ファーストの事でも思い出した?」

「…お前には関係、ない…だろっ…」

しゃくり上げながら、答える。涙を見られるのが嫌で顔を手と腕で隠した。

「人間って不便だね。」

渚は僕の頭を撫でるのをやめない。

「気持ちがよくても…悲しいんだ。」

ぽつりとつぶやくようなその声に、微かな憂いが有ったかもしれない。でも僕は自分の感情に手一杯でそんなの構ってられなかったし、だいたいあんなことされて配慮してやる義理なんて無い。
すると、向こうが後ろから抱きつくように身を寄せてきた。

「…くっつくなよ、あっち行け。」

「嫌だ。」

少し尖った声だった。

「…悲しくても、気持ちがよかったんだろ。」

背後から腕が回され、力が籠る。

「心がファーストを想っていても、身体はここに、ある。」

そして、服に手がかかった。
やめろ、と僕は言う。やめない、と渚はくりかえし、そして抑揚の無い声で言った。
ほら、また元気になり始めているよ。空き地で猫を殺した、あのときみたいな口調だった。


瞬間、僕の中で何かが弾けた。
うわあぁっ、と動物みたいに吠えて、気がつくと渚を振り払いベットから突き落としていた。

「痛っ…何をす…」

思いがけない行動に自分でもびっくりした。でも、もう限界だったんだ。
そのまま走って部屋を出て行こうとした。


だけど、

頭や肩を抱えて足元にうずくまる白い身体を見たとき————足が止まった。

起き上がり、痛みに顔をしかめながら怪訝な顔で僕を見上げる紅い瞳。漏れ込む陽光に銀色に輝く乱れた髪、白い肌。
本当によく似た、面差し。

(もう…いないのに。)

思わず見とれて綺麗だと思い、同時にとてつもなく、憎くなった。
本当に、憎くて滅茶苦茶にしてやりたくなった。

(どうして、どうしてお前なんかと…)

こみ上げたのはどす黒い怒り、暗い衝動。
魔が差す、っていうのはきっとこういうこと。

そのまま、押し倒した。


「ちょ…何…いきなりっ…!」

「うるさい!」

頭に血が上ってて、自分でもわけがわからなくなってた。
自分のやろうとしてることの意味も、予想される結果も、何も。

面食らう相手をうつぶせに床に押し付けて馬乗りになり、そのままジャージをずり下ろす。

「ヘンな事ばかりしやがって!」

狂ってわめいた。灼熱した意識の中に渚の驚愕した顔。面白い。

「お前も同じ目に遭わせてやる!」

そのまま、何の準備もできてない奴の尻へ自分の指を突っ込んだ。

「痛いっ…!」

渚の背に緊張が走り、指を差し込むたびに暴れるのを片膝で押さえつけるみたいにして無理矢理やった。途中滑りが悪いのが気になったから、渚がやったのを思い出して、つばを吐いてからそれを尻になすり付けて続けた。そうしてるうちに僕はまたひどく勃起してきた。
しかも最初は中がきつくてとにかく痛がるばかりだったのが、かき回してるうちにだんだん柔らかく緩んでいく。渚の声も変わってきた。
鋭く叫ぶようだったのがだんだん吐息混じりになってきて、しまいには腹の深いところから喘ぎ声を出し始める。

「何だよ…っ、やらしい声出しやがって。」

「は…っ。…やらしい…って何。」

「今みたいな声だよ、バカ。」

悪態をつきながらも、自分の分身がいよいよはち切れそうになっていくのを感じた。だけど経験が無いから男相手にその後どうしようとかいう考えが即座には浮かばなかった。そしたら、渚の方から言ったんだ。

「ねえ…一つになってみない?」

苦しい体制でこちらを上向く目元が快楽に潤んでいて、泣き笑いのような表情にみえた。

「は?」

「…望みだった。」

「な、何の話だよ?!」

「あのとき、僕の中に流れ込んで…きた。彼女の…」

「…だ、黙れ!何言っ…」

「君と、一つになりたい。」

囁く声が、記憶の中に何かに重なって響いた。

「やめろよ…!」

思わず悲鳴のような声を上げ、空いている方の手で顔を覆った。心臓がドクドクいって胸が締め付けられるように呼吸が、苦しい。

だけど、もう止められなかった。

「やだよ。やめてなんかやらない。」

上に乗った僕の身体を押しのけるようにして渚が起き上がる。僕は思わず後ずさった。
紅い瞳に宿る鋭い光に気圧される。

「君、僕のこと、彼女に似てるって思ってるんだろ。」

核心をつかれ僕は顔を背けた。にじり寄った渚が僕の腕をつかむ。

「だから、僕が嫌いでもここにいるのは好きなんだ。彼女の代わりみたいな僕がいるから————そうだよね?」

「ち…違…」

渚が立ち上がった。違わないね、と勝ち誇ったように艶やかな声が上から響く。そして、嗤うのだった。

「ならば、彼女がしたかったことを僕が代わりにやって、何が悪いのさ。」

——と。

あっという間に形勢逆転。
上から、白い身体に塞がれた。




つづく
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