天体観測
4.空虚
掲示板に書き込んで半日も待たず、すぐに返事が来た。相手は20代半ばのサラリーマン。もらったアドレスに返信するとすぐに写真まで送ってくれた。
他にもたくさん来たけど、掲示板の選び方の問題か、同年代が殆どいなかった。
初心者の悲しさ。結局、一番早く届いてさっさと写真までくれたその人につい気を許し、自分の写真も送ってしまった。
少しメールを交わした後カラオケにでもと誘われてシンジは彼に会った。
少し恐かったけど誘惑に抗えなかった。
「君の気持ち解るよ。俺も同じように中学の頃は…」
そんな言葉にすら飢えていたから。
儚い希望、待っていたのは幻滅。
その日、歌う人もなく流れる音楽を聴きながら、煙草臭いシートに押し付けられて声を殺した。
それでも自分は運が良い方だったのだ、とあの頃の事を振り返ってシンジは思う。
とりあえず無理矢理に近い体験だったとはいえ、もっとひどい暴力を被る危険だってあったわけだから。また、カラオケルームでのことをのぞけば、男は全くの
人でなしではなかった。ごめんね、びっくりしたかい、とシンジの背を撫でて抱きしめ、その後無事に家まで送り届けてくれた。
そして、決して愉快とはいえない始まりだったくせに、何となく続けて二、三回、同じ男と関係を持った。シンジ本人も何故だかよくわからないし、正直思い出
すのがいやだから理由を考えないようにしてる。ただ、その都度漫画やらゲームやら買ってもらい食事もおごってもらうので、毎回断る理由が無いような気にさ
せられていたのは確かだ。
それともう一つ、男はシンジの外見をひどく気に入ってくれていた。本人にとっては何の意味も無く、むしろ醜悪としか思えずただ持て余していただけの身体を。
…シンジの方はといえば、中肉中背、少し腹も出てきた男の外見にはどうにも好きになれず、嫌悪感が募るばかりだったのだが。
比較的近い過去の筈なのに、男と過ごした時間で記憶に残っていることはあまりない。
唯一思い出すのは、最後のときだ。
「なんだ、君、洋物好きなのかい。」
そう訊かれたから、黙ってうなずいた。基本的に相手に大人しく従うのがシンジの一貫した処世術だったから、そのときもあまり考えず機械的に肯定したのだが、その反応は男を喜ばせた。
「可愛い顔して…やらしいなあ。」
既に画面では様々な肌の色の男達が戯れていて、側に落ちた洋物アダルトビデオのケースに目を落とすとX-Rate movie, Hardcore Pornoだとか、この家で覚えた単語が踊っていた。
後ろから突っ込まれたり擦られたりしながら、朦朧とした頭でシンジの意識はずっと展開する映像に向いていた。そして最後、銀髪に近いような色の髪の男優が
フェラチオしてるところを見て、イッた。どこか少年の面影が残る甘い顔をしていた。昔PCで見つけた映像の一つに似ていたかもしれない。
他の事はともかく、あの瞬間だけは悪くなかった。
でもそれだけに、もう他にこの人とすることは何もない、という気分になったのだろう。その後、二度と男の部屋には戻らなかった。
外に救いを求めるのも、一切やめた。
見知らぬ大人と出会って、残ったのはさほど思い出すにも値しない索漠とした時間の記憶だけ。
別に傷ついたりしたわけじゃない、とシンジは思っている。
被害にあったという見方も敢えてしたくなかった。
程々に現代っ子で、汚されたとかそういう表現は時代がかって聞こえて嫌だった。むしろ、こんなの大した事じゃない、とドライに流す方を好んだ。どのみち相談する相手もいない状況だから、無意識のうちに憂鬱になりすぎない考え方を選んだわけだ。
だが、ざらざらとした大人の欲求が自分に直接向けられたのにはひどく疲れた。それだけはどうしようもなかった。
出会っても、空虚。疲れるだけ。
ならば、何もしない方がいい。
また自分の殻に閉じこもるようになり、すると次第に外界への興味も期待も失せた。
一人、また一人。でもこうすれば何も変わらない。疲れない。ただ、そこに居て、ディスプレイの前で快楽に耽るも絶望するも、自由。
そうやって日々を紡いできたのだった。
彼————に会うまでは。
つづく