天体観測

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VI. 明け方の夢

その明け方、不思議な夢をみた。


傍らに誰かの気配がして、すっぽりと体温に包まれているのだった。暖かくて心地よかった。
また、会えたなと聞き覚えのある低い声が響き、僕はつぶやく。

先生。そこにいたんですか。

もうずっと前からここにいる。お前の側に、そして、中に。

僕の中に?

気づくと黒い人影が僕に覆い被さっていた。
暗闇の中、ふれあう境目がぼやけてどこまでが僕でどこからが彼なのか、わからない。
いや、すでに彼から僕が、僕から彼が――――生えているのだった。

カヲル、俺とひとつになろう。

彼が僕を包み込む。闇が深くなる。
ふれあう部分から侵入されるのを感じた。

ひとつになろう。

それは、とても気持ちの良いことなんだ。

吐息が混ざった囁き声が身体の奥から響いてくる。何とも言えない恍惚感が襲う。

だが、ぎっしりと隙間無く彼が体内に充満していくのを感じながら、何かが軋むのだった。恍惚感に包まれるほどに、胸に満ちていく感情がある。
自分が自分でなくなっていき世界のすべてが遠のいていくように感じる、これは…

怖いのかい。

怖い?いえ、違う…

ふたりを隔てる輪郭が定かでなくなるほど満ちていく。この想いは…


寂しい。


僕は言った。
あなたがいるのに、寂しくてたまらない。


不思議だった。浸食されるほど、彼と一体となるのを感じるほど傷みが胸の中でふくらんでいく。僕が僕でなくなっていくように感じるのだ。彼が僕から世界を遠ざけてしまうのだ。級友達の笑い声、憂いのない青い空、遠くなる――――寂しい。

すると声が言う。

――――寂しいなら、紛らわせばいい。空虚を埋めてくれる何かを求めればいい。
誰でも、側にいる誰かを。


一つになりたいだろう。
同じように寂しい魂と、一つに。
自分の欲望と、他人の欲望と、境目が解らなくなるほどに。
引き寄せ合う力が、愛と暴力の区別も曖昧にしてしまうように。


俺とお前が、そうであったように。


そういう形でしか、お前は満たされない。

だから俺を呼び続けていた。
夜ごと同じモノを求め彷徨った。遠い国に来てさえも。


地の底から響いてくるような、低い囁きに全身がざわめく。

そうだったんだろうか?僕は、ずっとそういうモノを求めていた?
それが無ければこころが壊れてしまうほどに?


僕は自分の記憶をたぐる。沢山の映像がまるでフラッシュバックのように明滅した。森、茂み、猫、紳士、引き返したギムナジウムの門、写真、花、飛行機、日本の高校、夕焼け、繁華街のホテル、始発列車、別れ、終業式、天文観測室、長野、星空…シンジくん。

シンジくん?

奇妙な感覚にとらわれて僕は名前を唱える。暗い色調に整然と彩られたパズルの絵が仕上がる直前、不適切に清々しい色彩をしたピースが紛れ込んでいたのを見つけたような心地。


次の瞬間、思いもかけぬ問いが口をついてでた。

……でも、ならば先生、あなたは?

あなたは何を――――求めていたのですか。

子供だった僕に、何を?


幼かった僕にあなたは全てを教えた。
あなたの欲望は僕の欲望になった。
夜ごと、あなたの望むとおりの欲望に悶えていた。

そんな僕を抱いたあなたは……満たされていたのでしょうか?





(無言。)






先生?


(浸食が、止まった。)


……ああ、そうか。

僕は気づいた。涙が溢れる。

あなたはもう、いないんだ。
どこにもいない。




そしてこれは、僕の見ている夢だ。



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