天体観測

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IV. 写真

ある日、留守中に上がり込んだ彼の家で(僕は鍵をもらっていた)、偶然開けた戸棚から沢山の写真が出て来た。
整理されてもおらず、無造作に積み重ねられていた。
色々な髪の色や目の色をした女性、そして僕と同じか少し幼いくらいの少年達も。僕の写真もあった。それぞれ服を脱いでいたり着ていたり。大胆なポーズをとっていたりそうでなかったり。性交中のものもあった。
大抵はとても新しかった。ごく最近、つい数日前のものもあった。そういえば、レッスンの後で母が食事に誘ったら先約があるからって断ったあの日だなと僕はぼんやり思い出す。

だが中にとても古い写真が数枚紛れていた。とくにふと目を引いたのは、日付をみると二十年近く前に撮られた―――まだあどけなさの残る、男の子の写真。
どこかでみたような眼差しの。


それは俺だよ。

突然声がしてびくりと振り向くと先生がいた。帰って来ていたのだった。
嗤っていた。黒い瞳が光を映さずに、乱れた前髪の間からのぞいているのを僕は見た。
嗤いながら僕を押し倒す。
写真がメチャメチャに散乱してる上で印画紙がベタベタ肌に引っ付くのを感じた。首筋を強く吸われ、混乱して喘ぐ。ベルトに手がかかる。

こんなふうにしたら…写真が傷つくよ。

掠れた声で囁いたが答えはなく、敏感な部分を強くつかまれた。
傷みに近い強い感覚にうめく。ベルトの金属の音。先生はいつもより乱暴に侵入してきた。




終わった後、放心状態のままうつぶせている僕の背を撫でた。ずいぶん大きくなったとつぶやいた。覆い被さるように腕をとり、手を重ねて言った。


大きな手だ。もうすぐ俺のとそんなに変わらなくなる。

先ほどと打って変わって、穏やかな声音だった。
どうしてこの人は、あの行為の後でこういう声を出せるのだろう?
僕はあんなに悲鳴を上げていたのに、まるで聞いていなかったみたいな尊大さと優しさで。


お前も、大人になるんだな。

俺みたいに――――――――なるんだ。


そして耳元にそっと低い声で、お前を一番愛しているよと囁いた。


僕は何も答えなかった。
ぐったりとうつぶせになったまま、絨毯の埃っぽい匂いをかぎながら、ぼんやりと視界に入った写真をたぐりよせる。
あの古い写真だった。
場所は多分日本。子供の先生が笑ってた。見知らぬ大人の男の人と並んで、一緒に。



次の日の朝、先生が台所で皿を片付けている隙に自分の写真を探して鞄に入れた。
声をかけずにそのまま帰り、夜、ライターでそれを燃やした。
みおぼえのある服を着た幼い自分の姿が炎につつまれる。自分でもよく分からない涙が溢れ、少しだけ泣いた。



初めて他の人と関係を持ったのは、次の日の事だ。

ただ、何となくいつものように学校の帰り先生の家に寄る気がおきず公園に居たら、声をかけてきた紳士がいた。
だからついて行った。それだけだ。理由は特にない。

言われるままに茂みで跪きながら、そもそも理由を求めてはいけないのだろう、と思ったのを覚えている。

紳士は僕にお小遣いまでくれた。

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