嫉妬

モドル | ススム | モクジ

  (6)  

もともと酒自体にさほど免疫がないし、下戸ではないが強い方というわけでもない。早々とアルコールは効き目を現した。

更に、さっき吸ったマリファナの影響だろうか。心が、軽くなってくる。音楽が身体に染みこんでくる。

気がつくと踊りの輪の中にふらふらと迷い込んでいた。
知らずのうちに身体が動く。さっきはあんなに、どうしていいかわからなかったのがウソみたいだ。光が点滅し、ステップごとに世界が浮遊する。

僕は何をあんなに、悩んでいたんだろう。
先ほどのファミレスでの会話が遠い夢のように思い出された。
自分でも奇妙なくらい、今は気持ちが晴れ晴れとしていて、そのギャップを思うとホントに可笑しくなった。

気づくとシンジは笑っていた。そして、目の前を見るといつの間にかカヲルがいた。カヲルも笑顔を浮かべている。

ビートが早くなる。

ふと、カヲルがシンジの腕をつかみ、至近距離に引き寄せた。
そのまま向き合い、絶妙なリズム感でシンジの身体の動きに合わせてビートを刻む。
一瞬シンジはひるむが、カヲルからすぐに躍動が伝染して躊躇は押し流されていく。
シンジからぎこちなさが次第に消え、二人のリズムがシンクロしていく。
上手だよ。筋がいいね、やっぱり、と耳元でカヲルが叫ぶのも、夢の中のように聞こえた。
カヲルは殆どシンジに密着して、さりげなくリードする。
波打つ二人の身体は見事なまでに呼吸があっている。

ビートがだんだん下降し、メロディアスな曲調へと変わっていく。
照明が次第に落ちていき、赤黒い闇が深くなる。

ソウルフルな女性ヴォーカルが響き渡る。
あたりに抱き合うカップルが増えてきた。

気がつくと、カヲルの手がシンジの背と腰に回っている。
既に、周囲は踊り狂う人々の群れで、ラッシュアワーのようになっている。身体を離して逃げようにも、逃げられない。
殆ど抱き合うような距離で、カヲルの吐息がシンジの耳にかかる。それが奇妙に気持ちよくて、思わずシンジは背筋にぞくりと走るものを感じる。
これって、まずい‥とシンジの頭のどこかで声がするが、音の波にかき消される。
頬と頬が接触し、次にそこに、少し熱を帯びた唇の感触が来た。
シンジは抵抗出来なかった。思わず何かを待つように開き欠けた唇に、更にカヲルが口づけた。
触れただけだったが、そこから電気のようなものが走って、更に音楽が奔流となって身体に流れ込んできたように感じた。
次の瞬間、今度はシンジの方からキスしていた。
少し驚いたようにカヲルの動きが一瞬止まったが、すぐ離れようとするシンジの唇に今度は噛み付くように口づけてきた。そしてそのまま、二人は抱き合った。

だが、その瞬間は長く続かなかった。

突然スポットライトが、DJブースの側の一角を照らし出し、それと共にジャジャーン、とハッピーバースデーソングが流れ出したのだ。
先ほどのDJに交わり、別の女性がディスクを回している。一人目はスポットライトの下でまぶしそうに笑っている。

「ああ、始まった。」

カヲルがシンジからそっと身体を離して、言った。夢から覚めたような顔をしている。
シンジも我に返り、そっぽを向いて距離を取る。ダンスフロアに密集していた人並みは、イベントに向けられた関心のせいで、先ほどより大分散っている。

蝋燭のついたケーキが運ばれてきて、ドラアグクイーンが音頭を取った。青いウィッグとも帽子ともつかないとてつもないかぶり物をして、同色の大きな造花が所狭しと並んでいるガウンのような派手な格好をしていた。
カヲルの友達だというジェイも側にいる。マナとは違うタイプのビアンかまたはバイの女性なのだろう。赤いウィッグに黒が基調のボンデージ系の衣装、これまたドラアグクイーンのようなどぎつい化粧をしていた。

友情と‥何しか無いって言ったっけ?

今や、バースデーケーキが配られようとしていた。ぼうっと目の前ののどかな光景を見詰めながら、もやのかかった頭でシンジは先ほどのカヲルの台詞を思い出す。

友達‥あの人とも、してるのかな。例えば、さっきの女の子、マナは?
事実無根の妄想が膨らんでいく。
何を考えているんだ、僕は。

喉が、乾いた。

額が、頬が、瞼が火照っている。体中の血管が拡張しているような気分で。
勧められるままに、目の前に差し出された飲み物を受け取った。無数の繊細な炭酸の泡が金色に光っている。口に含み、これがシャンパンというものに違いないと悟った。
ぐっと一気に飲み干した。その後はよく覚えていない。

世界が更に切れ切れの映像になって浮遊明滅し、ふと傍らの塊に足を取られて倒れ込んだら革張りのソファーで、そのまま猛烈な気怠さに包まれて意識が沈んでいった、ということくらい。
モドル | ススム | モクジ