嫉妬

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  (5)  

「なんだー、ここにいたんだあ。良かった。あ、カレシくんもいっしょじゃーん。」

多少アルコールも入っているようなハイテンションで、少女は全く屈託がない。 シンジの名前も覚えていないようだ。

「ジェイが探していたよ。カヲル。」
「えっ。あ、まさか。」

何がなんだか、シンジには事情がわからなかったが、二人のやりとりを聞いてようやく、少しだけ飲み込めてきた。
どうやら今晩ちょうど誕生日ら迎えるDJのためにジェイという呼び名の女性が企画を用意しているらしい。カヲルはといえば、そのために必要な小道具の予備を持ってくるよう頼まれていたのが、それを入り口のロッカーに入れたままこっちに来てしまったのだ。

「小道具‥?」
「単なる蝋燭だよ。バースデーケーキにたてるための。手違いで全然ついてないらしいんだ。頼んだケーキには。」

ごめん、なんか話がマトモに出来なくて、とカヲルはシンジにわびた。
それはいいけど、どうしようかな…と、正直ハコに戻る気もしないが、このままファミレスで始発を待つ覚悟もなく、シンジが決めかねていると、全く躊躇もなく横からマナが、カレシくんも来ないの?これからがパーティだよ!来なきゃソンだってと騒ぐ。
正直気は余り進まなかったが、勢いに載せられて、バカみたいだ僕、と思いながらも、カヲルらと共に、シンジもあの赤い小部屋に戻ることになってしまった。

思い扉を開けると、宴はたけなわ、今にもクライマックスを迎えようとしていた。大音響の中で揺れる人並み、閃光。DJ本人の誕生日だというだけあって、とりわけ祝祭のムードが空気に満ちている。
カヲルは、ちょっとごめん、すぐ戻るといって、シンジをカウンターの側に残して姿を消した。

ポツリと残されシンジは、ぼんやりと、赤い照明の中、踊りの輪から離れて思い思いの姿で座ったり、場合によっては絡み合っている人影を見詰めている。
側にはいかにもクラバーといった風体の少女がいて、赤いレザーのミニスカを着こなし、長い髪にエクステンションたらした風体で、しきりに同じ様な格好の隣の友人と何かを叫び合っている。汗と化粧のラメが時折ミラーボールのように光っている。

ふと、目の前に何かが差し出された。驚いて手の主を見ると、先ほどの少女、マナがいた。持っているのは細い紙巻きタバコのようなものだった。
何か言っているが、聞き取れない。タバコは吸わないから、と断ろうとしたが、相手は満面の笑みを浮かべながら、まあそう言うなよ、としつこい。結局根負け して、口を付けた。昔興味本位で一本だけ吸ったことのあるタバコと違って、フィルターも無くて細いし、頼りない感触がした。
半ばヤケになって、思い切り吸い込む。

あれ?
記憶にあるタバコとは違う、甘い不思議な香りがした気がしたが、すぐにむせてしまった。

いらないよ、と返そうとしたが、もっといけ、とマナは受け取らない。にやにや笑って押し返そうとする。その表情に妙にしまりがないので、いやな予感がシンジの頭をよぎった。
まさか、ドラッグ?

その時、横からすっと白い手が伸びて、シンジの手からそれを奪った。カヲルだった。ダメだよ、シンジ君はこういうのはやらないんだから、といった趣旨のことをたしなめているのが聞こえた。
だが、それを言ったカヲルもそれをすぐにマナには戻さず、自分の口元に持っていく。
何だよ、カヲル、自分がやりたいだけじゃんかよ、返せよ、高いんだぞ、とマナ。それを無視して、涼しい顔でシンジ君、これはマリファナだよ、とカヲルは教え、そのまま更に一服、二服した後マナに返した。
まったくもう、とマナがやはり一服、二服し、シンジに渡そうとする。ダメだよ、とカヲルはまた遮ろうとしたが、ふと反発心を覚えたシンジはそれを受け取った。一服、二服、少しいがらっぽいのを我慢して肺に入れて、マナにまた返した。
カヲルの気遣うような目が追いかけてくるのがうっとおしい。
そのまま二人を置いて、カウンターに向いた。入場の時にもらったチケットにあるドリンクサービス券をまだ使っていなかったことに気づいたからだ。
正直、酒もあまりわかっていないから、隣の人が頼んでいたのと同じビールを頼んだ。小瓶のハイネケンだった。
ぐっと飲み干した。未だ慣れない苦みとアルコールに喉が焼けるような感覚がした。

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