嫉妬

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  (2)  

大丈夫、すぐわかるよ。小さいハコだもの、と彼が言ったとおり、それは新宿二丁目の真ん中の公園の傍らにあるクラブだった。

何の変哲もないこじんまりしたビルの一階、自販機の側の階段を下りていく。

ドアをあけると赤く細い通路が続いている。
ビートが低く、重く響く。心臓の音のように。
シンジは急に心細くなる。
1人でこんなところに来るのは初めてで、そもそも未成年は原則禁止のはずと聞いていた。
でも、カヲルがいるということは大丈夫なのだろう。

通路を進んで更に重たいドアを開けると、音が洪水のように飛び込んできて、思わず耳をふさぐ。
とりあえず側にあった窓口の人に呼び止められたので、カヲルにいわれたとおり名前をいったら、ああ、ご招待の方ですね、といわれて、手にハンコをもらった。

だが、自分が場違いな気がして、すっかり気圧されてしまっている。
シンジは呆然として目の前の光景を見つめていた。
赤く鈍い光に包まれ、ソファーに埋もれ沈殿する影、叫ぶように耳元に口を近づけ談笑する若者達。
その向こうは少し広くなっており、めまぐるしいリズムで点滅を繰り返す色とりどりのライトとミラーボールの反射を浴びながら、思い思いに激しいリズムに身を委ねる影がある。
赤く薄暗いので変な気持ちになるところを、時折ストロボのように明滅する強い光に視界を切り裂かれ、大音量に耳鳴りがしてきた。人はみんな思い思いの刺激的な格好をしているが、それだけに同じに見えて見分けがつかない。

女の子のイベント、ときいたが、どっちだかわからないような不思議な影がいっぱい揺れていて、「普通のノンケ」を自認するシンジは逃げ出したいくらい薄気味悪くなる。

だから、ふいに肩を捕まれたとき、心臓が飛び出そうなほど驚いた。
振り向くと、至近距離に見慣れたカヲルの笑顔…しかしすぐにシンジの目はその首から下に釘付けになる。
カヲルは学校の制服−それもスカートを履いていたのだ。
シンジ達の学校のとは微妙に違ったが、半袖白ブラウスに赤の蝶ネクタイ、ベージュのベストに赤のギンガムチェックのミニスカ、その下はキレイに毛の剃られた細い足が長い紺のソックスに包まれ、ローファーの革靴に収まっている。
よく見ると少し長めの髪には色ガラスで花細工をあしらった髪留めがついており、時折照明を受けてきらきらと光った。しかも、よく見るとさりげなく眉や唇に化粧が施されているようだった。

「シンジ君、大丈夫?道に迷ったりしなかった?」
「カ、カヲルくん、そのかっこ…」
「え、何?!聞こえ無いなあ。」

音が大きいので、耳元で叫ぶようにして会話しなければならない。
「どうしたの!その格好!」
「ああ、これねー。今日はミニスカナイトなんだよ。ミニスカートを履いていると3割引きなんだ。まあ、僕は友達から無料券もらっているんだけどね。それと」
「それと?」
「男の子は女装していると特に大歓迎、とも書いてあるんだ。」
「あ、そ、そう…。」
「なに?聞こえないよ?!」
「な、なんでもないよ!!」

とにかく、まともな話が出来る雰囲気ではない。

「踊ろう!シンジ君。」
ぐいと強引にシンジの手を捕み、たじろぐ彼にはお構いなしにカヲルは踊りの輪へと飛び込んでいく。

手はすぐにシンジを離れたが、シンジは狼狽したままろくに動けない。
そもそも踊った経験があまりない。やけになって周りをまねして動こうにも、手と足とリズムがバラバラでうまく動けない。

カヲルが横で踊りながらシンジに目があうたびに微笑みかける。
格好が女の子なら踊りまで変えるらしい。いや、それだけでなく、めくるめくライトに照らされ激しいビートに見事に合わせて腰をくねらせるカヲルの姿態は、いつの間にか日常を超越した空間を周囲に作り出していた。

女装をしていても180センチ近い身長と骨張った姿態は明らかに女性的ではなく、しかも極めつけは女子高生の制服。
実際最初に見たときシンジが感じたのは滑稽さと嫌悪感の入り交じった違和感だった。しかし、光や音と一体化した彼の躍動する身体が、その感覚を突き崩していくのだった。
今やカヲルは性を越えた存在のようでさえあり、それでいながら、いやそれゆえに、ただ純粋に激しく扇情的だった。

周りの視線もちらちらとカヲルに注がれているのにシンジは気がついた。
時折目が合い微笑まれるたびに、思わずシンジはどぎまぎして目をそらさずにいられなかった。

だが、目の前の彼に視覚的に惹きつけられれば惹きつけられるほどに、シンジは苛立ちを覚え始めていた。

僕は踊りに来たんじゃない。僕は、カヲル君と話したかった。だけど、こんなんじゃあ話にならない。こういう風にはぐらかすなんて、ずるいよ…。

踊りながらカヲルが、顔なじみらしい周りの人々と二、三耳に口を近づけて会話を交わしている隙に、シンジは踊りの輪を離れた。
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