それはとても容易いこと

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  初恋  

1.


フェイタンと二人で飲んでいた。
それもけっこう上等なマンションの一室で。
でかいフローリングの広間に白くて毛足の長いモケットなんか敷いてあって、壁半分を覆うような窓から見える夜景の綺麗な場所だった。

休眠物件をスクワット(不法占拠)してそこに居た。つまり、金持ちが一度は買い込んだが借り手を捜すのがめんどくさくて空き家になってるような家に勝手に入って、使わせてもらってたってことだ。ま、盗賊にしちゃあだいぶ穏やかなやり方だよな。

ちょうど、その滞在地では大晦日の夜だった。グリードアイランドから戻ってきて他の仲間とは一旦解散し、当座の寝床もあっさり見つかって他にやる事も無かった。んでもって、店をのぞけば祝賀用の酒とかやたら売ってる。
だからごっそり持ち帰り、二人で飲み始めたんだ。

俺もフェイも酒には半端なく強いから、あっという間に周囲に酒瓶が散乱して、紙皿やらコップやら積み上がってく。

そのときだ。微かに乾いた破裂音のような音がして、窓の方を向くと花火があがるのがみえた。
思わず駆け寄って頑丈な二重ガラス窓を開けると、遠くに人が騒いでるみたいな声が一気に聞こえてきた。あとはあちこちで爆竹みてえな音も。

「おぉ。新年らしいぞ。」
「この国のやつら騒がしいのスキね。」

俺もフェイもあまり行事には頓着しないので、すっかり傍観者だ。だいたい、俺らが使ってる暦じゃもうとっくに新年は過ぎてたしな。

それでも遠くに花火がぽつぽつと咲く夜空を前に、俺は窓際、やつはソファーに座ったまましばらくぼんやりと互いに無言になった。窓はほぼ東を向いていて、だから俺はつい思い出した。
夜景に背を向けフェイの横にどすんと座り込む。ため息が出た。

「どうしたか。突然浮かない顔して。」
「団長、まだ除念師と合流できてねぇのかな。」
「またか。最近フィンクスはそればかりね。」
「そりゃ、気になるだろ。ただ待ってる身としては辛えしよ。」

こっちをむいてフェイがふっと笑う。アルコールのせいで、いつも血色が悪くてどちらかというと青白い顔がやや上気している。目の縁から頬にかけて赤みが差していて、いつもは単に陰気なツラとしてか認識してないこいつの表情が、なんだか色っぽく見えた。もともと割と女顔なのと、部屋にそなえつけの小洒落た間接照明が妙にいいムードだったせいもあるんだろうが。

「…フィンクス、団長の事となると乙女ちくね。」
「うるせーよ!」

クスクスと喉で笑ってる仲間を、後ろから羽交い締めにした。
相手はそれでも笑ってる。
ふと、間近に体温を意識した。
この野郎犯すぞテメェ、と言った。むろん冗談だ。が、声が少し低くなったのを意識した。

一瞬相手の動きが止まる。苦しい体勢のままこちらを向き、切れ長の瞳がじっと俺を見やる。
「気でも狂たか。」

「…わりぃ、冗談だ。」
すぐに戒めを解いた。さっきのはずみで、顔半分を覆ってる長い襟が首までずりおちてる。


だが次にやつの口から出たのは、予想外の台詞。

「何だ。冗談だたか。」
にやりと笑う唇がいつもより血の気を帯びて見えた。

その言葉のニュアンスを理解する間もなく、突然、フェイの右手が俺の後頭部をぐいと引き寄せる。小柄なくせに馬鹿力で敏速、油断してたから反応する間もなく、至近距離に、奴の顔。そして、呆然としてる俺に決定的な一言。

「…酔狂も悪くないと思たのにね。」

酒臭い…というより香ばしいような刺激臭。アルコールで鈍った頭脳がのろのろと言われた内容を反復した。先ほどこいつが豪快に一瓶空けたのはラム酒かなんかだった、とぼんやり思い出しながら。


「…マジかよ?お前、掘られるってことだぞ。わかってんのか?」

数秒遅れて俺はようやく反応する。

「別に今、ワタシが拒絶する理由ないね。」

「か、簡単に言うなぁ…」

酔狂というか、潔い、としか言いようが無え。ああでもそうか、こいつどっちかつうと両刀だっけ。(…っていうか、死体でもokだったよーな。)
長い付き合いだっつうのに、今更驚く俺が単に馬鹿なのか。



「実際、簡単なことね。」

…確かに、行為としてはすげえ単純だ。お前が言うと何だか説得力あるぜ。



窓の向こうでまた一つ、花火があがった。



つづく


【作者後記】
ラム酒のアルコール度数は40%です。一瓶空けたり絶対にしないように…。
それにしてもお馬鹿な話ですいません。しかもこのあとどんどん悪化します。
なお、拙宅にあるフェイカル話とはパラレルぽくとって頂いても、そうでなくてもokです。
…しかも実は、ギリギリ両方の読み方が出来るように、この前のl'enfantというSSの一部に隠し文字列があったりして。(←節操無さすぎ)

そういえば、グリードアイランド編と流星街でのキメラアント戦の間はどのくらいあいてるのでしょうか?よくわからないまま、その間の話にしてしまいましたが…。
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