You thought you knew me but you don't

The Final Messenger

3.



絶頂、

ATフィールドの反転。

ほんの一瞬だけど、それは起きた。僕にはわかった。

広がった共感の波。
心の壁、何人にも犯されざる聖なる領域が――開かれるとき。


僕は知っていた。この部屋に至るまでの彼の反応から察知していた。
自らの指が、身体が、それを導けるという事を。

そして何より、彼へと向かう僕自身の心があった。


だから願った。恐らくは最初で最後のこの機会を逃したくないと、
ただひたすらに、心の底から、



リリンを―――知りたいと。




(裁きの時が来る、その前に。)





身体が交わり切った最後の、刹那の忘我に開かれる扉。
リリンの感情が僕の中に流れ込んでいく。


奔流のような熱い迸り、最初は全てを押し流すような勢い、そして次第にだんだんと弱まっていく。

流れは細く、緩やかになり、だけど――――ささやかながらも、止めどなく心を満たし続ける、感情。
…感傷。

倒れ込んでくる汗ばんだ身体を抱え、冷えて二つに別れた個体を認識しても、それは依然として尾を引き残り続けていた。何という強さ。豊穣さ。


(…驚いたな。)


彼の体重を全身で受けとめたまま自分の頬をぬぐった。濡れた感触。
汗ばんだ背を抱きしめる腕に力を込めたら、それが合図のように彼が震え、嗚咽が漏れた。



彼は明らかに混乱していた。突然の交情の要請、訪れた未知の快楽、他者による自我への完膚なきまでの…浸食。

だけどそれを上回る、もう一つの強い感情があった。
―――悲哀。

融合し共感したとき、これに自分も巻き込まれたのだと解った。


でも、何故?


僕の涙はもう止んでいる。だから問うた。

「どうして泣いているんだい?」

わからない、と彼は言った。息も絶え絶えの声で。
本当に訳が分からないんだ、と繰り返す。





…だけどそのとき僕は、聞いた。
触れ合ったままの肌と肌、ほの暗い無意識の淵から浮かび上がる、声を。




(ウシナッテ…シマウカラ。)




遠く、微かに、だけどはっきりと聞こえた。
彼の心が聖なる光で覆われ、今度こそ完全に閉じられるまさにその瞬間に。



失う…

…喪う?


何を?
いつ?

過去に?



それとも―――未来に。











子供のように泣きじゃくった僕を、カヲル君はどう思っただろうか。
自分でも、何が起きたのか全く理解出来なかった。
ただ、彼に覆いかぶさったまま、感情の波に弄ばれてまるで動けずにいた。
なだめるように彼の手が僕の背を撫でる。それでもどうしようもないから、そのうち、僕よりも少し大きい彼の身体に抱きかかえられているような形になる。ああ、体温が本当に近い。
初めてのように感じる、他人のぬくもり。


こんな有様だから、少し落ちついてきて現実的な思考回路が回るようになって、やっとのことのように単純な事実を認識する。
要はセックス…したんだよな、と。
友だちと、それも同性の、という言葉が浮かんだけど、あまり意味をなさずに消えた。

うまく説明出来ない、何か予想していたものとまるで違うものだった。そうとしか言えない。
具体的な行為がどうとかいうんじゃない。
まるで、あのとき、彼が自分に手を差し伸べたあの瞬間から、別の空間に入ってしまったような感覚がした。こんなことが、現実にあるとは思わなかったんだ。


今彼とここに居て、ほかの全てを遠く感じる。
まるで二人だけが世界に存在しているように。
学校も、友だちも、父さんも、エヴァも、世界そのものすら、霞んでいくみたい。
ほかの誰とでもこんな気持になった事は、ないのに。
恐い。


彼の方を見上げ、何か言おうとした。だけど、

「お休み、シンジくん。」

暖かい大きな手が、僕の視界を遮り、瞼を撫でるように滑っていく。
まるで魔法に掛かったみたいに、途端に頭が重くなった。

なんて暖かい暗闇。
ほかに何も見えない。

安寧そのもののような、瞬間。

恐ろしいような幸福につつまれて、眠りへと落ちていく。
幸福で、恐ろしい。



だけど…。

問いが、頭の隅に点滅して、消えた。
ずっと、さっきから、いや、出会った最初のときから気になっていた…疑問。


ねえ、



君は誰?


一体誰なんだ?






それは最後の問い。