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le dieu est mort. vive l'amour.

禁じ手

1.


近くに居すぎて、おかしくなった。
そばに寄れば寄るほど、失うのが怖くなった。

触れるから、相手が自分じゃないことがわかって、
離れる瞬間が怖くなった。


同い年の友人。
暴力じゃない何かで、
支配被支配ではないかたちで、
俺とつながろうとする存在。
初めての体験。
かけがえが無くて、あまりにも大切すぎて、ついに、
禁じ手を使った。
身体、を差し出してつなぎ止めようとした。

そう、交換条件。
無条件の物なんてこの世には無いから、何かを得るためには対価を払う。
それは幼い頃から学んだ原則。
身をもって、この身体で知った事実。

(例えば兄貴が俺を激しく殴るのは、後で時々思い出したように俺に優しくしてくれるためで、
優しくされると、あ、セックスしたいんだなと思った。それは単純な等式。)


でもある日、ゴンが俺の眼を見て、キルアのこと好きだ、なんてぬけぬけといった。

瞬間、体中に熱が灯るような気分がして、ものすごく心地がよかった。
あ、多分この感じを、世間では「幸せ」って言うんだな。頭の中で声がした。

そして同時に、怖くなった。
怖くてたまらなくなった。
だってこの気持ちよさがタダだなんてとても思えない。

好きだと言われたその瞬間、それを失う時のことを考えた。
(――だって、俺はきっと対価を支払えない。遠からず破綻する。)

こういうとき、世間の人はどうしてるのかな。
どうしてそんな風に、弛緩した笑顔で寄り添っていられるかな。
おかしいのは俺?

何かが、壊れてる。
狂ってる。
自分でもわかった。
だけどどうにもらなくて。

とりあえずは照れたようなふりして、よせよ、恥ずいし、と言ってみた。
(ほんとは、目が合わせられなかった。)

そしたら成り行きでなんだか雰囲気が良くなったから、とりあえず、した。


身体を合わせていると安心するんだ。
他に何も考えなくていいから。
機械的な動作を繰り返し、お決まりの台詞を反復すれば易々と時は過ぎる。

そして何より、たとえ気持ちよくても、よくなくても、
触れ合っている事実に変わりないし、
目の前に居るけど本当は俺の事見てないんじゃないかとか、
今日好きって言ったけど、明日は違うんじゃないかとか、
把握出来ない不確実への恐怖が、ほんの少しだけ遠くなる。
だから、嬉しい。

目に見えないもので繋がることへの絶望的な不信から、つかの間、解放される瞬間。


(そして毎回、汗と体液で湿ったシーツの匂いとともに仄かな幻滅が待っている。だけどそれは予期されたものだからダメージは少ない。忘れた頃にまた、同じ事を繰り返せばいいだけだから。)


ゴンが好きだよって言って、俺は曖昧に笑う。
何度か、うん俺も、って答えた事もある。

好きだって言われるたび、嬉しくて、
だけど本当に怖くてたまらなかった。

照れてるみたいなふりして、話題をいつも反らしてしまった。
よくわからない焦燥に駆り立てられるように、聞いていられなくなって。
毎回、どこかではぐらかしてた。


だって、いつも頭の中で声がするんだ。
どうせお前はいつか―――俺が要らなくなる。


(俺とどこまでも、いつまでも側に居てくれるのは、

兄貴、

くらいしかいないと思ってた。


あんな激しい暴力で俺をつなぎ止めようとするくらいの関係だから、
そのために俺はこんなに自分を差し出してたから、

絶対俺は捨てられないと感じられた。

だから、打たれても打たれても自分を差し出した。

無理が来て、うまくいかなくなるまでそうし続けていた。)



俺は結局、愛だの恋だのってのが、わかってないんだと思う。

言葉じゃもちろん理解してるつもりだけど、そういう次元じゃなくて。


俺のゴンに対する気持ちは多分、とてもじゃないけど、「愛」なんていえる代物じゃなかった。
それは執着、依存。
最初から、俺の存在意義を保障してくれるゴンに執着してた。依存してた。
身体を差し出したのは、その代償のつもり。
自分でわかってた。

その意味で俺たちの関係は常に平等じゃなかった。非対称だった。

だってゴンは自己充足そのもの。俺はここにいていいのとか、何をしたいんだろとか、そんな問いとは無縁。自己を肯定し、更に溢れる意志が他人の人生――例えば俺――にまで影響を及ぼしてしまうような、そんなヤツ。

結果生じたのは、ゴンが俺に存在理由を与え、そのために俺は身を投げ出すという図式。
そんな状態を容認したのは、いやむしろ、自分からはまり込んでいったのは、俺。


それでも、冒険と戦闘で、俺たちが結ばれてるって実感出来てる間は良かった。
俺はゴンの役に立ってて、それはとても自明で、セックスとかがあってもなくても側に居られた。
それも、息をするような自然さで。

だけど冒険が一段落して、ゴンの人生は俺のと違うんだっていう事実と向き合わなきゃならなくなる日が近づいた時、どうすればいいのかわからなくなった。


やりたいことが見つからない。
自分の人生が見つからない。
無為に日々を過ごす自分に嫌気がさして、
ゴンへの依存に吐き気がして、
意欲がわかない仕事に手を出す。
案の定うまくいかなくて、紛らわすため夜更けまで一人街をさまよう。
ゴンの部屋の灯りが消えているのを遠くから見る。

そして煩悶の無限ループ。



どうして俺はここにいるんだろう。
いつまでこうしているんだろう。
何の意味があるんだろう。
俺の存在に。


答えは出るわけもなく。




続く



【作者後記】
く、暗いですね…。
前に書いたゴン一人称SS「はじめての」に対応するキルアサイドのモノローグのつもりで書いてみました。というか実は「はじめての」と同時進行で書いていたのでした。…が、何故かこちらはなかなか完成せずに今日になってしまいました。しかもまた無駄に長いです。すいません。