Trilogie

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  3. Spider  


ミーティングはさほど時間もかからず終わった。

何食わぬ顔して廊下を歩きながら、横にいたマチに耳元に囁いてやった。
今晩お前の部屋に行くと。

どのみち先刻の所業で予期してる事だろうから、これはだめ押し。
返事はなかった。
さあどう出るか。


夕食を食い、フィンクスと他愛無い雑談をしながら若干トレーニングもして、すぐに湯が出なくなる給湯器をごまかしながらシャワーをあびたらもう既に真夜中近かった。


薄暗い廊下、女の割りあてられた小部屋の前まで来た。ドアの下、隙間から薄く光が漏れているのをみてふと立ち止まる。

生乾きの濡れた髪をかきあげた。冷たく湿った感触。春だというのに今夜は少し、底冷えがする。

ノックした。しばらくの間があり、近づく足音がした。
細くドアが開き、確かめるようにマチが顔を出す。

「言た通り、来たね。」

またここで多少渋るかと思ったら、あっさりと、潔いくらいの大きな動作でマチはドアを開けた。顎で入れと合図する。

この前のときと同じ、殺風景な部屋。天井に裸電球、狭い寝台が一つ。水差しを置くテーブルの様なもの。ひびの入った窓が破れかけたカーテンの隙間から見える。
自分のとあまり変わらない設備。どうせ廃墟を改造して作った仮住まいのようなアジトだからたかが知れているのだが。


マチはといえば訪問者に椅子も勧めずさっさと一人寝台に座り込む。
さっきから殆ど一言も喋っていない。ほおづえをついて黙ったまま自分の方をじっと見ている。

照れているとか物怖じしているとかいうよりも基本的に挑戦的なふてぶてしさに、見てるこちらも攻撃的な気分が盛り上がる。


先に着ていたTシャツを脱ぐ。

「お前は脱がないのか。」

女はこちらに視線を据えたまま動かない。

「それとも脱がしてほしいか。」

ふう、とため息にも似た息の音がして、ぶらりと揺れたマチの足先からぱたんとスリッパが落ちる。

そこから後は、目を見張る様な展開の速さ。
ジャージのジッパーに手がかかる。そして風呂場の脱衣場にいるような手際の良さで、靴下、Tシャツ、ジャージの下等がみるみる床に落ちる。
ついには下着まで、無造作ともいえるような動作でむしり取ってはらりと足下に。

白い裸体が露になる。奇妙に新鮮な感じがして、そういえばまともに全身見るのはこれが初めてだと思い出した。最初のときはお互い殆ど脱がないで手軽に済ませたからだ。

柔らかい肩のラインへと沿って流れる長い髪。
豊かな胸を惜しげもなく晒しながら、後ろ手をついて寝台に座ってこっちをじっと見据えている。それでもさりげなく足は組んでまだ肝心の部分は隠している。

こうなってすらも、相手に気後れや恥じらいの色は一切見えなかった。それどころか一種の威厳に近い迫力すら感じて、自分としたことが一瞬気圧された。

裸電球の朧げな光にぼうっと浮かび上がる肉体。


マチは本当に、白い、乳白色ともいえるような肌の色をしていた。
自分も白いといわれてしまう部類なのだが、民族的な違いとでもいうのか、何か地にある色調からして根本的に違うような肌の色だ。

そして、まろやかな首から胸の曲線をなぞり、下へと落ちた視線がふと止まる。
片腹の上、曇り一つない白を蝕む巨大な、染み。どこまでも滑らかな皮膚の表に突然生まれた亀裂の様な、黒。
———蜘蛛の刺青。


「何見てんの。」
低めの、少し緊張を孕んだ声がとんだ。

「…蜘蛛。」

「刺青?別に珍しくないでしょ。あんたにもあるんだから。」

「お前のを、間近で見たのは初めてね。」

白絹のような肌の表に刻まれた、一生消えない証。
自分のと同じ、蜘蛛の手足であること示す印。

確かに珍しくはなかった。
それどころか、思い出せないだけで本当はマチの蜘蛛もどこかでみていたかも知れなかった。例えば自分は、シズクの刺青がやはり似た様な場所にあるのを知っ ている。夏の暑い日、薄手の服を着ているときに偶然見たのだ。マチについても、忘れているだけでそういうことがあっても不思議はない。


敢えて取り立てて変わったことがあるとすれば、情事の前にそれを目の当たりにするのが初めてという事実くらいだろうか。これまで仲間と、蜘蛛の印がある女と交わったことはなかった。
だがそれだって別に大した事ではない。


にもかかわらず、何かが心の中でざわめいたのだった。


朧げに輝くような白い身体の上、蜘蛛はひときわ見事で大きくみえる。
周囲の闇よりなお暗い、いかなる光も吸い込んで逃さない様な漆黒がそこにあった。

よほどの腕を持った彫り師に頼んだろう。
そこから何かの念———すら感じた様な気がした。
先ほど一瞬戦慄したのはきっとそのためだ。


そして、自分らしくもない考えにふと襲われた。

(一体、この女はどういう覚悟で、何を思ってその肌を委ねたのだろう?)

眺めれば眺めるほど、どこまでも肌理の細かなあの柔肌にこのような印を刻むという事実が、何か凄まじい事のように思えてきたのだ。

(何のために?)
(…誰のために?)

(馬鹿げている。変な感傷だ。シズクも同じ事をしているのに。)



手を伸ばし、首筋に顔を埋めると覚えのある微かな甘い肌の匂い。
既に五感に記録されていた最初のときの記憶が蘇り、朧げな道筋をたどるように身体に触れる。
その感じが奇妙で、そういえば物心ついてからの自分は一人の人間と連続して関係を持った記憶が殆どなかったとぼんやり気づいた。

もうロクに覚えていない、子供の頃の事は別として。





END


【作者後記】
ジャンク雑文のリサイクルで恐縮ですが、三話めが出来たときなんとなく一まとまりで掲載したくなったので昇格させてしまいました。前二話については若干の誤字脱字、ごく訂正等が行われてますが殆ど変化はありません。
マチフェイというマイナーながら支持がいないわけではないカプなわけですが、小説はあまりないようなのでメインに載せる意味はあるかなあという気もしまして。

そういえばうちのサイトでは珍しい、というかハンタではほぼ初めてな(?)男女カプものですが、えらい楽に書けました。というかあまり差を感じないですねこの組み合わせだと特に…。あるとすればマチの身体の描写に微妙に力が入ったくらいww
でも、語彙ちょっと貧困だな自分と思いました…orz

おしながきにも書きましたが、年齢を本編より大分若め、クルタ族殲滅の前後と勝手に考えてもうそうしたせいでフェイが最後に随分と純情(?)ぽいことを 言ってます。若気の至り話ということで大目にみて頂ければ幸いです。フィンクスは今回全然出てきませんが、きっと若いなりに元気にやってるのでしょう。年 齢相応な青い悩みもあるかもしれません。

お読み頂いた方、おられたらどうもありがとうございますm(_)m

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