Trilogie

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  1. Even  


どうしてこの男と寝る気になったのか、自分でもわけがわからなかった。

煮詰まってた。
精神的に荒れてた。
バイブレータ代わり、要はそう言う事。

でもそれにしたって、よりによって何故こいつを。



出会った最初から思っていた。
そりが合わない。

異質な価値観。
大事にしているものがまるで違う。

同じ土地で育ち、
同じ人に導かれてここにいるというのに、
何故こうも違うのか。





「マチはワタシが嫌いと思てたね。」

見上げる切れ長の瞳が冷たく光ってる。

覆いかぶさっていたのはあたしの方だった。
腕力では向こうの方が上だけどそんなのは関係ない。

「は、単純な男だね。自分とヤる女はみんな自分のこと好きとでも思ってんの?」

男は答えない。ただ低く嗤い声をたて、横を向き目を閉じた。枕に散らばる黒い髪。

裸電球の淡い光に、仰向けになった彼の滑らかな筋肉の隆起が浮かび上がる。自分と同じくらいの小柄な、だけど違う仕組の身体。蜘蛛の入れ墨は見えない。下半身は衣服に包まれていたから。
あたしはといえば服を完全に着たままで、男を見下ろしていた。

それにしてもこいつはとんでもなかった。気まぐれに誘ったのは確かにこっちだけど、促されるままに上半身だけ脱いで、あとはお好きにどうぞ、とばかりに身を委ね自分からは見事に指一本動かそうとしない。
ここまで横着だと、あっぱれとしか言う他無い。

そのくせ黒い布地をまさぐってみると、立派に身体は準備ができてる。手がかからないというか、ちゃっかりしてるというか。

無造作に衣服をずり下げ、露出したそれに唇を這わせ、舐めた。
腕を置いた相手の太ももが緊張し、呼吸が微妙に乱れたのをいい気味と思ったけど、後は機械的に作業に没頭する。

ほどほどに相手の息があがったころを見計らって唇を放し、下着だけ脱いだ。
冷たい濡れた感覚が糸を引く。
好意も親しみも無い男の性器を弄んだ、たったそれだけで最低限はちゃんと潤うあたしの身体。
お互いなんて便利に出来てるんだろう。所詮は動物なんだ。一人そう考えてちょっと可笑しくなる。

あてがって、躊躇わず根元まで一息に挿れた。

ふう、と吐息ともつかぬ声を先に漏らしたのは男の方。
あたしは応えずに、深く息を吐いて只目を閉じる。

気持がいい、というにはまだ少し違和感が先になったような感覚で、身体の中心が微妙に軋んだ。奥まで詰め込んで少し窮屈になった感じに、奥歯を軽く食いしばる。
とりあえずもっと身体をほぐさなきゃ、そう思いゆっくりと動き始めようとした。そのとき、

「マチ、」

ふと呼ばれて目を開けるのと同時に、男の手が伸びてきてあたしの頭を引き寄せようとする。

「何。」

「先にこうする方が多分、もと気持いいね。」

ああ、そうか。
自然な動きに身を委ねた。

唇と唇が重なり目を閉じたとき、そういえばこの部屋に入ってから一度もこいつの名前を呼んでなかったと気づいた。



舌が絡まる。
体温で少しずつ溶けていく。
ぎこちなかったリズムが少しずつ同調する。
服の上から強く胸をもまれ、下から突き上げられて初めて声が出た。

乱れた髪が、額に張り付くのも構わず、叫ぶ。
もう目を見開く気が起こらなくなる。


ひたすら感覚が全身を貫くに任せる。
体位を変えて、こんどは男があたしの上に乗って思い切り揺さぶっても変わらず視界を閉ざし続ける。

どうだ、好いか、と耳元に囁く声も無視し、ただ呻く。



だって、うるさい。

言葉なんて、喋らないで。
だいたいあんたが喋るとろくな事無いんだから。
話し合いでわかりあったことなんて、一度たりとも無かった。

答えの無いのを勝手に肯定と捉えればいい。
あんたが一人で盛り上がれば、あたしも適当に楽しめる。



そう、気持いい。たとえ意志で何一つ通じ合ってなくても、今、これだけはすごく好い。


よすぎて、誰といるとか、何をしてるとか、考える気もなくなるくらい。




(…刹那、闇に浮かんだ映像。)
(愛しいあの人の、横顔。)
(でもすぐに、紛れて消えた。)






あたしがイッたのを見届けて、男は器用にあたしの腹の上に出した。
生暖かい迸りにはっと目を見開いた瞬間、覗き込むような姿勢の彼と目が合った。

互いに肩で息をしたまま数秒だけ見つめ合い、先に向こうがふう、と額の汗を拭い、横を向いた。


夢から覚めたような気分のあたしの目の前で、男はといえばまるで何かの任務からようやく解放されたような眼差し。

ああそうか、と気づく。

あたしが目を閉じてる間、あんたはずっとあたしを見ていたんだ。
あたしは、あんたといることなんて忘れて喘いでいたというのに、
あんたときたら、視界から片時もあたしを追い払えずひたすら挑み続けてたんだね。

ご丁寧に反応を伺い、動きを調節して、それってまるで労働。


「ご苦労さま。」


思わずこんな台詞が出た。
相手は虚をつかれたような顔をして、細い目を見開く。


だけどその後すぐに、
「それはお互い様ね」
といってにやりと笑うのだった。
楽しげに、まるで、他愛無い悪戯を楽しんだガキのような快活さで。

童顔がさらに幼く見えて、あたしは少しだけどきりとした。




フェイタン。
くされ縁だけでつながってる、ただの同僚。

価値観合わない。
話通じない。
ひょっとして明日には殺したくなるかもしれない。





だけどこの日ほんの一瞬だけ、あたしは、
目の前にいるこいつの存在に感謝した。




続く
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