Oui c'est moi qui ai tout detruit

日没

2.


脱力して、そのまま二人前のめりに崩れ落ちる。
奇妙な疲労。
俺とした事が、ほんの一瞬にせよ意識を失った。馴れない念の使い方をしたからだろう。気がつくと、儚い子供の骨格を押しつぶすような形で倒れていた。

熱もオーラも消えている。
焦げ臭い匂いが当たり一面に漂っていた。

すぐに起き上がり、腕の下に在る子供を見る。
子供が呻き目を開けた。黒い瞳がぼんやりとさまよい、不意に焦点が合う。
初めて視線がはっきりと俺を捉えた。目が合った。

痩せた身体。もともとぼろぼろだった服がところどころ破れ、もはや衣服の役割を果たしていなかった。そして露になった肌に生々しい無数の傷跡。
古いものから新しいものまで層を重ねたように、びっしりと。

別に珍しいものじゃなかった。
ありふれたものだった。あまりにも陳腐で、ありきたりだった。

子供の頃から何度も見てきた。此処に住んでいれば当然のように。
此処に生まれ、育てば。


丸い薄汚れた青白い頬に、水滴が落ちる。
涙。


子供の表情がわずかに動く。




泣いていたのは俺だった。




そのときだ。
子供の口が動いて音を奏でた。
俺には全くわからない、何事かを言った。

「 汝是誰…」(お前は誰だ)

それが子供の口から聞いた最初の言葉だった。









後にも先にも、あんなことは一度だけだった。


日没の赤と突然の涙、暗い光。
理由の詳細は知りようも無かったが、あれは、地獄―――いや、そんな言葉すら及ばぬような、何か深淵を見てきた者の目だった。


正気を取り戻したかのようにみえた子供は間もなく俺の前から姿を消した。俺も引き止める意志はなかった。
だが、名前だけは俺の記憶に残った。

フェイタン。

言葉を取り戻したあいつの口から出た音の中で、俺が唯一理解した単語だ。





しかし運命とは不思議なものだ。
その後、俺たちは偶然再会することになる。
そして、すっかり大きくなって見違えた(それでも童顔だが)あいつは俺の仲間になり、幻影旅団―――蜘蛛として共に生きる事となった。


これまで、フェイタンとあの一番最初の出会いの思い出話をしたことはない。
第一、もう覚えていないのかもしれない。
俺も昔の頃のことなどすっかり忘れている。それも当然だ。目の前には課題難題が山積み、過去なんて振り返るどころじゃない。





だがそれでも一度だけ、本当に突然、ふと思い出したことがあった。あれは5年ほど前、ルクソ地方でのことだ。


集落を一つつぶした。
勇敢な戦士達の住まう古き土地。
全てはその怒りに燃えた紅蓮の瞳を手に入れるため。
敬意と略奪、殺戮、破壊。



あのとき空を彩っていた、見事なまでに鮮やかな日没。
一面の、橙と赤。
そして、村落から紅蓮の炎が天から地へと駆け上る。空全体が燃えているかのようだった。

とっさに、俺は遠い日に見たあの絵のことを思い出した。何故そのことを思ったのか自分でも不思議になるくらい、記憶の底に埋もれていた映像だった。


気配に振り返ると、フェイタンがそこにいた。
熱風になびく黒い髪、自らも返り血に赤く染まりながら、静かな、だが恍惚ともとれるような光と熱をたたえた眼差しで、じっと、燃える村と空を見ている。


そうか、と俺は思った。

お前はついに乗り越えたんだな。



それも、こんな形で。



(導いたのはこの俺)
(―――更なる、修羅へと)




いつか、フィンクスがちらりと言っていた。あいつの育った集落は燃えたと。

多分、こんなふうに。

だが、いつ、どういう理由で、誰が燃やしたのかまでは聞かなかった。
―――聞きたいとも思わなかった。


ただ明らかなのは、そのとき幼少時代にまつわるもの全てが消えたということだ。
だから今のあいつには、何も無い。蜘蛛の他は、何も。


消えた日々、もう無い場所。そこに何があり、何を見て、何をしたのか、
これからも問うことは無いだろう。
知った所で意味が無い。




だが、あの日あいつと見ていた鮮やかな夕暮れを、俺も一生忘れることは無い。
そんな気がする。


全ての罪と殺戮、怒りと絶望を飲み込んで、眩く燃え続けたあの空の赤。




回り続ける、輪廻。
我等が業の焔にも似た、あの色彩を―――――――――








END




【作者後記】

一応、元ネタは22巻、ペインパッカー&ライジングサンのつもり…。

あれってよくよく考えるとすごい技だなと思うんですよ。
だって、報復系でしょ?
それも、耐えて耐えて、怒り頂点に達して倍返し!みたいな。どういう経緯で生まれた術なのかと考えると背筋が寒いです。…で、妄想しちゃった…。

んでもってもう一つネタというか発想のきっかけになったのがですね…ミクシの某コミュで見た書き込みだったりします。それは「フェイなら家族とか殺してそうだ」という…(汗

はい、そうです。SSの本文だとフェイは出身集落を焼き討ちにあった被害者と見ることもできるような曖昧な書き方になってますが、正直なところ管理人はフェイが何らかの事情でキレて念能力発動、ヤってしまった、つまり加害者側という設定で書いてます。

なお、原作では恐らく捨て子だろういう話になってるので、血縁はいないと考えるのが筋とわかってます。なので管理人の脳内設定では「肉親殺害」よりも「捨て子のフェイを拾って育ってた(が多分虐待もした)コミュニティを壊滅」の方が採用されてます……尚更悪いですね。
ごめんなさい。責任とって、フィンクスがこの経緯を知るようになる話も考えてたり…しますけど(←やめろよ…)


なお、文中にあるフェイタンの唯一の台詞、今の中国語のwho are you?を使いたかった…のですが、youにあたる漢字がShift_JISだと化けてしまって出せないので変わりに汝で代用…。苦しいですが、古い中国語にはある表現みたいなんで…ご容赦(ただしグーグル検索レベルの知識)。というそもそもフェイタンは本当の中国語ではなく、中国語みたいなハンタ世界語をしゃべってるわけなんですが…。

というわけで、どうも、お粗末様でございましたm(_)m