Sanctus

1

ああ、クリスマスが近いんだわ。


今朝アメリカのパパから電話があって、忙しいからお正月に日本には来られないって言われた。予想通り。まあ、あたしの方が最初にクリスマスに帰らないって言ったからおあいこなんだけど。


その同じ日の帰り道、同じ学科の渚カヲルに会った。別にさほど仲がいいわけでもない。偶然。

「あんたは…ドイツに帰んないの?向こうならきっと綺麗でしょ。クリスマス。」

New Yorkでのハイスクール時代、アメリカ人のクリスマスは商業的だとか、本物じゃないとか馬鹿にしていたスノッブなヨーロッパ人のクラスメイト達を思い出しながら、あたしは訊く。カヲルは母親が日本人だけど、ドイツからの留学生だった。

「いや、今年はこっちで過ごすよ。せっかくだから日本の正月も体験したいしね。」
「ふうん。」
「君はアメリカに?」
「…ううん。」

ふと見上げた先にイルミネーションをまとった家。塀を電飾が縁取り、大して見栄えもしない庭の樹木へと光のラインが伸びている。
はっきりいってみすぼらしい。配色もなってないしバランスも悪くて、センスの無い飾り付け。
それでもちかちかと瞬くそれに一瞬、不覚にも魅せられてしまったのは、少し疲れていたから?

「ああ、最近は日本でも増えてきたね。ああいう日本的な家屋に光が瞬いていると不思議な気持ちがするけど。でも、悪くない。君のところではどうだった?」

のんきな声音がなんだかカンに障った。
「そうね。すごかったわ。」
北風がびゅうと吹いてあたしは顔をしかめる。
「家中ぴかぴかさせて喜んでるバカがいっぱいいたわ。」

悪意のある返事に相手がちょっとひるんだのをいいことに、あたしは歩調を早くした。
ごめん、あたし急ぐから、そんなことでも言って相手を振り切ろうとした。
そしたら目の前に踏み切り。しかもカンカン鳴りだした。結局、肩を並べて立ち止まる。

「クリスマス、こっちで一人で過ごすわけ?」
「まあ、家族と一緒でないのだから必然的にそうなるね。君は彼氏と?」
「日本式クリスマスってやつ?生憎そんなの居ないわ。こないだ別れたの。」

そう、とちょっと気まずそうな顔をしたからつけたしてやった。

「って言っても、New Yorkにいるのよ、そいつ。もう日本に来る前から終わりかけてたの。」

目の前を、電車が通り抜けていき、あたし達は一瞬押し黙る。
騒音、風。

「…かい。」
「…え、何か言った?」
「良かったら24日、どこか遊びにでも行かないかい、って言ったんだ。」
「あんたと?」
「いやなのかい。」

もう一台電車が通り過ぎる。寒い。たいした気温でもないくせに、突風に晒され頬と指が冷たく凍えあたしは身をすくめた。

「…遊びにって、どこによ。」
「どこでも。心の赴くままに。」

そういってにっこりとこちらを向いて微笑み、風に乱れた前髪を無造作にかきあげる。

「あんたバカ?」

鼻で笑いながらも、あたしはふと相手の顔に見とれた。街の青みを帯びたオレンジの光がその整った顔立ちに柔らかな陰影を作ってる。
そういえばこいつ、顔だけはいいのよね。

ひょろひょろしてて力とかなさそうだし、どっかなよなよしてるし、正直あたしの認める男ってタイプじゃないけど…
でも何故か同じゼミの女子には人気なのよね。
正直くだらないって思ってたけど…横につれて歩けばちょっとは退屈しのぎになるかしら?
思い切り、値踏みするようなまなざしをぶつけてやった。だけど相手はほほえみ続けている。
変なやつ。

「いいわよ。暇だから遊んであげる。」
「それは良かった。嬉しいよ。」






24日の午後は快晴で、例年よりも暖かい12月の午後、あたし達はあてもなく原宿近辺を散歩して過ごした。
どうして?理由は単純。
ごくあっさりとほとんど何も考えていなさそうな顔でカヲルがそう望んだからだ。まだ行ったことがないから行きたい。キディランドにまで入った。最近は外国人にも人気の場所。変なアイデア商品とかキャラクターグッズだとかの前でいちいち立ち止まって面白がる。

夜になって風が冷たくなり街灯がともるころ、周りにはカップルの姿が増えてきた。
あたしは居心地の悪さを感じて、何となくうつむき加減に歩く。昼間歩き回った疲労感が今頃脚にまとわりつくのを感じた。
周りが幸せそうなカップルだらけだっていうのに、こんなところでロクに知りもしないヤツと二人、何やってるのかしら。

「これからどうしようか?」
カヲルがのぞき込むように訊いてきた。
「どこか、この辺の店にでも入るかい?」

「…アンタ、お金あるの?」
「まあ、ある程度は。」
「この辺のクリスマスディナーは無茶苦茶高いわよ。ま、ファーストフードにでも入るなら別だけど。」

正直このときのあたしは、こいつにこの後の時間を与えないつもりでいた。
カップルで満員のレストランで普段の値段の何割増しかのディナーコース(それも味は何割かマイナスの)なんてダサいと思ったし、かといって居酒屋に連れて行かれるのも気が乗らない。単なる簡単な夕食程度ならロクに知らないヤツとよりも一人の方がいい。ファーストフードに至ってはアメリカにいた頃から好きじゃなかったから論外。
だから、この中のどれでも提案してきたら、悪いけど今日は疲れたからと適当に理由を付けて帰る気満々だった。

すると、カヲルはうーん、と一瞬考え込むような顔をした。その口から出てきたのはちょっと予想外の提案。

「僕が何か用意しようか?」
「は?」

あたしとしたことが一瞬虚を突かれた。

「今からだとまともな料理は出来ないけれど、寮の冷蔵庫に、こないだ日本に遊びに来た親戚が持ってきてくれたシャンパンがあるんだ。」
「寮って、あんたの住んでる?」
「うん。あと、缶詰のフォワグラも。パンに塗って食べればきっと美味しいよ。」
「クリスマスにフォワグラ?」
「フランス式なんだ。シャンパンと一緒に、前菜でフォワグラを食べるんだよ。そしてメインディッシュは七面鳥。うちはアルザス地方に近かったから影響を受けているんだ。」

基本的にあたしは料理をあまりしない女だった。そのくせ今まで、まともに料理の出来る男と付き合ったことがなかった。

「帰り道に適当なローストチキンみたいなお総菜とデザートは買うとして、実質用意するのはサラダくらいになりそうだけど、どうかな?」
「………え、でも、ちょ、ちょっと待って、」

何だか悪くない話みたいに感じてしまった後、あたしは慌てた。このままだと、クリスマスの夜に相手の家で二人きりという筋書きが出来上がってしまう。それって、いくらなんでも微妙よね。
するとカヲルはまるであたしの気持ちを先読みしたかのようにニッコリと微笑んで言ったのだった。

「あと、寮には僕の友人もいると思うし、飲むのに誰か誘っても楽しいかなと思うんだ。」




続く




イヴはとりあえず、雰囲気のいい展開の所までで…