meo maxima culpa
Genesis
0.
そこは昼も夜も無く、ただ冷たい水が淀んで永遠の眠りを守っている。
深い深い、地の底。モーターの音が鈍く微かに空気を振動させている。
少年は一人そこに立っていた。
「こんにちは、今日も来たよ。」
そっと呟き、壁一面に広がる水槽に頬を寄せる。それに呼応するように薄赤い光が
地面からぼおっとゆらゆらと揺れる影を映しだす。
オレンジ色を帯びた水の中、浮かび上がるのはいくつもの――――同じ顔をした子供。固く瞳を閉ざし、胎児のように全てを委ね水中に漂っている。
同じ顔、今、水槽の側で地面に立ち、やはり夢見るように瞳を閉じ寄り添っている少年と全く寸分違わぬ顔立ち。ただ、異なるのは気配だけ。重力に逆らいすっ
くと立つ子供の姿には命が、生気そのものが宿っており、揺れる無数の影のような彼等とまるで異なる存在感を放っている。
「聞こえている?僕の声。」
少年がそっと目を見開く。照明の光を受けて、ルビーのように澄んだ瞳が光った。
じっと見つめた先、さほど遠くないところに浮かぶ個体の瞳が少しだけ見開かれて、同じ鮮やかな赤がのぞく。ただし、その目は何も映してはいない。
「夢をみているんだね…。」
「そしてそれは、僕が起きているからだ。」
「だから君たちは目覚めない。」
「僕が、いるかぎり。」
少年が笑う。まるで水槽ごと何かを抱きしめようとするかのように両手を広げ、身を寄せてまた目を閉じる。
(どうしてだろう。)
聞こえるのは水音。
ずっと遥か、遠い、遠い記憶に連なる安らぎ。
(僕たちはこんなにたくさん居るのに…)
(寂しい。)
(一人だけ、あの水底から引き離されて、ここに居る。)
「笑ってくれるの。嬉しいな。」
何も宿らぬ抜け殻の、笑みともつかぬ表情に少年はそっと微笑む。
ふと、そこに子供らしからぬ何かを悟ったような、切なげな表情が混じった。
一息深呼吸をする。
そして、ついにそれを、言った。
「今日はね、お別れを言いにきたんだ。」
(たましいが宿るのはひとつだけ、とあの人が言った。)
「だってわかってしまった。」
(あの人、大人の人。)
「僕は背負い切れない。運命を。」
(寂しさを知った。刻み込まれた。)
「ごめんね。」
(寂しいんだ。)
(ねえ、寂しい。だから、)
「後を頼んだよ。」
(…受け止めてくれる?)
そう言って、ポケットから光る何かを取り出し、ゆっくりと持ち上げる。それは鋭いナイフ。
「さよなら。」
首筋へと宛て、一気に引いた。
暗転。
安堵。
消滅。
…そしてまた光。
再生。
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