Il etait une fois......

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家族を刺して家を飛び出した。
鳥肌が立つくらいの爽快感。
山道をひたすら走った。





1.

俺が12のとき、弟が生まれた。
そしていつのころからか、弟が俺より才能のある子供だと周りが言うようになった。
それは予言として与えられた事実。

年が十以上離れているのだから、今すぐ脅威となることはない。
だけど遠からず、この家を継ぎ、一族を率いる器となるだろう。

その成長速度、早熟さが、常ならぬ能力の高さを示していた。

俺も一族の中では一目置かれる存在だったけど、弟は「神に愛された子供」の類いだとされた。

あの夜。今でも覚えてる。傍らに父がいて、その言葉を口にしたのだ。

そのとき俺は、いつものように抱かれていた。
これは家族に伝わる慣習のようなもので、誰もが淡々と、いや、場合によって栄誉として受け入れていた。
もちろん、この俺も。

更に俺は、父が何故今、年端もゆかぬ俺にことさら触れたがるのかもよく知っていた。
子を産むごとに年老いていく母に飽きたから、新しいのが欲しい、その代替。
俺は母の若い頃に似ているのだと繰り返し父が耳元で、髪を撫でながらささやいた。


そして俺を父に差し出したのは母。
俺が父をなだめると父は皆にとてもやさしくなった。それは家族全員とそこに使える者達全ての安寧を意味する。だから奉仕しなさい、と彼女は微笑んだ。

だけど二十歳になったとき、お前はもう子供じゃないと父が言った。
俺の代わりを埋めたのは、末の弟。
顔を失っていく母と入れ替わるかのような美貌の。

別の弟----キルアじゃなかったことに少しだけ安堵したのは、何故だったのだろう。

わからない。だが、そんなことはどうでもいい。




ある日、父は俺にキルの育成をまかせると言った。
自分が仕事で忙しくてしっかり訓練出来ないからと。

才能ある子供。
だけど、随分と心理的に脆弱だ。

俺が覚えたような事を全て教えてもいいの、と一度だけ父に聞いた。

一瞬の間があいて、お前に任せるとだけ父は答えた。
そして体術の指導について簡単な示唆を二つか三つ、した。
念能力の習得は急がずに、年齢的には限界にまで体術を高める事、等々。





程なくして、不思議な事に、父は一度もキルとは寝なかったと知った。

それがわかったのは、最初のときだったと思う。
下手だな、どうせ初めてでもないくせに、となじったら、蒼白な顔で呆然として、首をふった。
その様子があまりにも必死で、思わず俺は嗤った。



そう、全てが可笑しいことばかり。

恐怖に震えながら、それでも俺の背中に手を回してくる。
乱暴にした後、少しだけ優しくするとまるで恋をする乙女のように従順になる。
あんまりしゃくに障るから、お前はこれが好きなのか、とわざと聞いてやった。
そのたびに、死んだ魚のような目で微笑んで頷くんだ。


あのさあ、キル。知らないだろうけど…。
親父は多分お前の事すごく気に入ってるよ。

それも、可能な限り屈折した、あの人なりのやり方でね。
幼児のお前を天空闘技場に放り込んだくせに、その白い身体には結局指一本触れなかった、それもきっと何らかの愛情表現なんだ。

手に触れて、壊すのが怖い玩具みたいに、遠くから眺めて喜んでる。
(でもそんなこと、お前の知った事じゃないよね。
だって、親父自身、きっと自分でよくわかってないんだ。
滑稽な家族。)

可愛いお前が訴えたら、きっとあの人は俺を消すことだって、
ためらわないんじゃないかな。
そんな気がする。




キル、可愛い弟。

お前とやるのは気持ちよかったよ。

日々は淡々と灰色に過ぎていくのだけど、
その瞬間だけ思考が光に溶けて真っ白になる。

俺もお前も肉塊。
躍動する筋肉。
征服と支配の遊戯。
密室の中で、二人だけ。



…辛いか。

馬鹿みたいに感情なんか持つからだ。
そんなんじゃ、いい殺し屋になれないよ。

それでも吐き気がこみ上げてくる?
ならば、俺を憎めばいい。
そして親父に言えばいい。
お前を育てるはずの長兄が、不快な事をして修行を妨げると告げればいい。

今まで家族の誰もが、思いつきすらしなかったような不平でも、
可愛いお前が言えば、きっとあの人は。


…それも出来ない?
ああ、また、うつろな瞳で笑ってるね。

……馬鹿な子だ。



(これは憐憫?でも、誰に?

ああ、俺もどうかしている。この弟は余分な感情を呼び起こす。不愉快だ。)


夜が深くなる。
月も無く、声もあげず、俺の下で痙攣する身体。
床に押し付け、力を込める。


(お前を、押しつぶしてやりたかった。

卵を抱くように両の手に握り込んで、力を込めて、そのまま。
お前はもう俺の物。
俺だけがお前の世界。
お前をどこにも行かせない。
仕事を終えたらすぐにうちに帰っておいで。
叶わない相手と戦ってはいけないよ。
お前はまだ弱いんだから。
やられたら…俺のところに戻って来られなくなる。)


当然、父は俺のやってることを知っていた。

無言で許可されてた。
理由は多分、禁ずる理由が無かったから。
祖父が親父にやり、親父が俺にやってたことを俺に禁ずる根拠は無い。
その上、キルの方から異議申し立ても無いときてる。

だから、俺は続けた。





続く
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