.....and then you smiled

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  初恋  

3.


言葉にならない体験をしたなんて陳腐な表現、昨日までの俺が聞いたらせせら笑ったに違いない。

だが、そうとしか言いようが無え。
期待以上というか、相変わらずとんでもないというか、こいつは実に思い切りやってくれた。ただの気まぐれから始まったお遊びを徹底し尽くした第二幕はとりわけ壮絶で、多少の誇張も交えて言うなら、こんなクソ破廉恥でただれた夜はもう一生涯来ないんじゃないかって気さえするくらいだ。
「新年」早々、実に忘れがたい時間を過ごすハメになった。



一晩騒いで風呂も入らずそのまま寝て起きたら気分は最低。周り中酒臭えし、汗だか体液だかなんだかなんだかよくわからん液でまだ体中ベタベタしてる。宴の残骸を照らす澄み切った冬の朝日だけが嫌みなほどにすがすがしい。


重い頭を抱え、1mほど離れたところに下着だけつけて半裸で転がってるフェイタンの寝顔を覗き込んだら、その瞬間目を開けた。もともと起きてたのか、単に気配に敏感なのか。

「よぉ。起きたか。」
つい、間抜けな挨拶が出た。
「…今、何時ね。」
酒と睡眠不足で少しはれぼったい目が瞬き、眉間に少ししわを寄せてフェイが訊いた。
「9時くらいみてぇだけど。」
そうか、と言って起き上がるがそのまま座り込み、寝癖のついた頭のままぼんやりしてる。

それでも、フェイ、と読んだら面倒くさそうにこっちを向く。上目遣いの瞳に少し昨夜の記憶が蘇ったから性懲りも無く近寄って軽くキスしてみた。お前、臭いよ早く風呂に入るね、とまるで興ざめな事を言い、しかめ面をしてすぐに顔を背け押しのけようとするのを無視して、もう一度しつこく舌まで入れた。

不承不承応えたヤツの唇が離れて顔を見たら、呆れたようなため息をつきながらも笑ってる。無防備、とすらいえるような、朝の白い光に照らされてひどく穏やかな笑顔、俺は柄にも無く一瞬見とれた。

この同じ顔と、昨夜、阿鼻叫喚の乱痴気騒ぎを繰り広げたんだな、と思うがまるで現実感が無くて、そのことに返って不思議な感慨が胸に込み上げる。まるで、何事も無かったみたいだ。
相手はケロっとしてて、眠気とアルコールの余韻以外何も残っていなさそうな顔で欠伸こいてる。しかもぼんやりしてる俺を尻目に、お前入らないならワタシ先に入るよ、と立ち上がり、さっさとシャワー室に向かうのだった。


そうだ。今更、俺らの間で何も変わるはずが無い。
昨夜、新しい悪い遊びを仲間から教わった、要はそういうことだった。
そのことを改めて確認し、ひどく安堵している自分がいる。


だが小柄な後ろ姿を見送りながら同時に、奇妙な考えがわいてきたのだった。


――それでもなんだかんだ言って、俺の初恋はフェイだったかもしれない。


我ながらイカれた話だ。
しかし間違いなく、他人に関して初めて感じたひどく気持ちのいい感情と共にあるのは、奴の面影だ。男なのにな。
多分その前に女と寝てるし、いつのことなのかすらもう思い出せないくらい古い記憶だが。


いや、実際には、初恋、なんて乙女ちっくな言葉で形容されていいようなもんかどうかはわからない。
流星街、あの瓦礫とゴミだらけの場所を這いずり回って行きてた頃の記憶に心地イイもへったくれもないからだ。
そしてフェイはといえば、時にはこの俺ですら見てて心の底が殺伐としてくるような振る舞いを存分にやってくれた。

だが、残忍で荒んでてとんでもないやつだが、ごくまれに表情が緩む瞬間があった。
本当に静かに、笑うんだ。ちょうどさっきのように。
何故かは知らねえが、それを見るのは二人でいるときだけ、しかも大抵は組んで存分悪さをした後みてえな状況だった。

その一瞬、いつも、磁石で吸い付けられるみたいに視線が動かせなかった。
次に、後で何度も思い出して懐かしみたいような変な気分になった。
あの感じを、何と名付ければいいのか。


せめて、初恋とでも呼んでやりたい。



足下に転がる紫のディルドを蹴飛ばして、ぐちゃぐちゃのTシャツの上に寝転び目を閉じる。
ほのかにラム酒の残り香がした。





END






【作者後記】

ヘタレなのでつい、フェイ→フィンな「夜の第二幕」を省略してしまいました。万が一(いらっしゃらないとは思いますが)期待された方がいたら、ごめんなさいm(_)m
きっと快感めくるめきほとば汁時を過ごしたのだと妄想をたくましくして頂ければ幸いです。

なお、こんな話で言っても説得力無いですが、実は管理人、フェイは相当にフィンクスを好きだろうと思っていたりもしますよ…。
ただし、すごく原初的な感情としての「好き」ですけど。

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