Cher ami, que tu sois toi comme toujours.

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  L'enfant   

2.


その晩、フェイタンは姿をくらまして夜の街に消えた。気づくと、カルトもアジトにいなかった。
最近よくあるから、今日も偶然じゃないんだろうと俺は思った。

誰もいない地下室の戸が開いてた。フェイの個室と化している場所だ。薄暗くいつもカビ臭くて、時々ここで拷問もやってるから血なまぐさい匂いがこびりついていた。
暇つぶしに入って、ソファーの上にあった画集を手にとってページをめくってみる。

似たような大きい黒いつり目をした小娘ばかり並ぶ絵をみてカルトの面が浮かんだが、同時にぼんやりとガキの頃のフェイを思い出した。


…あんまり、変わってない気がした。
出会ったときにはもう10は超えてたし、その後多少背が伸びてオトコになったとはいえ、いつまでたってもチビだな。
(まるで成長を拒んだかのように。)

――あいつはあそこで、止まったのかもしれねえな。頭とか強さとかそういう意味じゃなくて、なんかもっと別のところが。

あの頃もう既に、やってることもやられてることも一人前だった。
流星街だからな。盗られたり、犯されたり、死にかけたり、ガキのころは大抵ろくでもない目にあうもんだ。
先進国とは違うんだ。親が二人いて衣食住足りて学校いって遊んでればいい「子供時代」なんてのとはまるで縁がない。
特にあいつなんて、チビな上に割と女顔だから余計なめられて色々あったと思う。俺の知ってる限りでも、かなり壮絶な話がいっぱいある。

押さえつけられ踏みにじられ続けながら必死で力を蓄えた。
俺と会った頃のあいつはもうだいぶ強くなってて、守りから攻めに転じ始めてた頃っつうか、なんだか一気にそれまでの鬱憤からタガが外れたみてぇに暴れだした頃だったが。


俺もそうだが、フェイは基本的に何でもやってる。
本業の盗みはもちろん、犯したり殺したり。女だろうが男だろうが、情をかけた相手だろうがなかろうが、仕事となれば躊躇わず責め苛み自分に有害と決まった途端さっさと始末する。

切り替えの速いことといったら、無い。
まぁ、同僚としては、だから信頼がおけるっつーのもあるんだけどな。
俺からすれば、蜘蛛の中で一番やることに筋が通ってる。

いや、一番は言い過ぎか。団長がいるもんな。
でも団長は掟を作る側、だから破格、特別なんだ。
俺が言いたいのは、与えられた掟に行動を一致させる意志のことだ。フェイはそれが徹底してる。情で判断が鈍ったりしねえ。
少なくとも、今までのところは。



なんだろう。
俺とした事が、ずっともやもやした気分が収まらない。

原因はやっぱ、シャルの言葉と…あのガキか。
なんか引っかかるんだよな。カルト、あいつの存在。
今となっちゃあいつは立派な俺たちの一員だし、実際奴の能力は使える。
ガキながら、着実に伸びてる。

でも、俺はどうも調子狂うんだ。
べつにあのガキが嫌いなわけじゃない。
俺はむしろあいつとよく接してて、向こうの方も俺に打ち解けてるとさえ言えるだろう。
…それだからこそ、変な気分が強くなるんだ。

カルトが旅団を裏切るとかそういうことを気にしているんじゃねえ。
そんなの、新メンバーが増えるたびに日常茶飯事だ。いちいち気にしてたら身が持たねえ。思惑がどうだろうと、俺たちの足引っ張らない程度に強けりゃいいと思ってる。万が一俺たちに正面から歯向かうようなことがあれば消す、それだけだ。

だが、カルトがいると、それ以前の問題、中から何かが揺らいでくような気分になることがある。
まるで、いつも静かなはずの池にさざ波がたっているみたいな、違和感というか。
しかもたちが悪いことに、基本的にそれはヤツ自身の意図とは全然関係ないことだったりする。
うまく言えねえけど、ほら、さっきみたいに「旅団の未来」みたいな話をするヤツが出てきたりな。

別に、それがいけないと決めつけたいわけじゃねえ。
でも、あいつがいると明らかに空気が緩んでくる。それは退屈しのぎには悪くねえけど、時々、ホントにそれでいいのか?って気がしてくるんだ。
まぁ、団長が黙って受け入れてる以上、きっと蜘蛛の方針とは矛盾しないってことなんだろうけどな。
例えそれがゾルディック家のガキでも。

…フェイタンはどう思ってんだろうな。

俺はもともとフェイと行動する時間が長いし、カルトもよく知ってるしで、やつらがこっそり会ってるっぽいのは薄々気づいてた。だが、一体どういう事情で何のために会ってるのかとか、最初は別に気にも止めてなかった。
だいたいお子様じゃねえから、仲間がどこで誰と何してようと知った事じゃねえ。俺だって詮索されたくねーし。
フェイだってそれは多分同じで、基本的に私生活の具体的な細部なんておくびにも出さずしれっとしてる。
(ただしあいつの拷問好きは周知の事実だが。)



一体何がどうなってるのか気になりだしたのは、つい最近のことだ。ありゃ一週間くらい前だったかな。この同じ部屋に入ったら二人で一緒に絵を覗き込んでやがった。

向こう側の壁にはまだ拷問で死んだ男の身体が椅子に縛り付けられたままだった。死後二、三時間といったところか。その前日に俺たちを狙った賞金首ハンターのもんで、大乱闘の末生け捕りにしたのを、他に仲間が居るかどうかフェイが午後中かけて聞き出そうとしてたんだ。
カルトがいつごろからいたのかは知らない。ひょっとするとずっと拷問の見物でもしてたかもしれない。可愛い顔して残忍なのはあいつも負けないからな。
で、一仕事終えたので仲間を待ちながら雑談してたというわけだ。

だが俺が驚いたのは、屍の側で絵画鑑賞っつうイカれっぷりよりも、二人が一緒に居る事の違和感の無さだった。適度な距離を保ちつつ、二人並んで床に座り込んでる様が異様に自然だった。なんだか空気が馴染んでた。少なくとも、もう随分前からよくこうして一緒に絵を見てて、たまたま今日俺がそこに通りかかったんだろうなって感じだった。

寄り添って絵を指差して、カルトはいつもより大人びて見えた。
フェイはといえば普段より幼くみえた―――気がしたのは俺の目の錯覚だろうか。口調は相変わらず淡々としてたが、どっか、気の合う遊び相手を見つけたガキのような打ち解けた高揚感があった。んでもってカルトがまた可愛い声で、色と構図がいいねとか年に似合わない鋭いことを言うんだな、これが。
フェイに影響されてカルトが背伸びしてたと考えるのが普通なんだろうが、俺には、無意識のうちにフェイがカルトに合わせて子供がえりしてるようにもみえた。

入ってきた俺を見るとフェイは会話を中断し、あいつの仲間の居場所きけたよ、と言った。そのときカルトも俺の方を向いた。
光の加減では紫がかってもみえる、長い睫毛に縁取られた大きい瞳と視線がかち合う。落ちてきた横髪をかきあげる仕草がいっぱしの女みてえで、小袖からちらりとのぞいた手首も妙に白くて、俺はなんだかぎょっとした。
照明の加減や部屋の凄惨な雰囲気とのギャップで余計そうみえたんだろうが、それにしても、ガキだガキだと思ってたやつに一杯食わされた気分になったもんだ。

ありゃあ魔性だな、脈絡も無くそう思ったのを覚えている。



魔性…という言葉が出てきたのは、単に男を狂わせそうな存在だってだけじゃなく、もっと始末に負えねぇものを感じたからだ。

野うさぎ追いかけて笑ってる姿と、フェイの横で上目遣いに俺を見たときの表情と、どっちもカルト自身でそれはあいつが意図してやってることじゃない。
だからこそヤバい。
いっぱしの大人みたいな顔して誘惑できるくせに、一皮むけばひどく子供。
残忍で性悪のくせにときどき無垢。
その幼さゆえの二面性、危ういまでのギャップに、みてるこっちがぎょっとさせられるからだ。 俺たちの心の底に眠っている何かを突き動かされるような、そんな気がしてくる。

俺らがしっかり区別してたはずの境界線が、危うくなる。時には、忘れてたもの失われたものを無駄に思い出したりもするだろう。
(シャルがつい未来を夢見たり、まともな子供時代を知らないフェイがガキみたいに他愛ない会話を楽しんだり、マチやノブナガがくだらないことで大口開けて笑ったり。)

過去を忘れ明日をも知れねえ暮らし、基本的にはそれでいいと思ってた俺たちの心の中の何かが綻んでしまう―――かもしれない。



特にフェイ。もし俺の勘が当たってるとしたら、あいつ、なんかヤバいもんに手を出してるんじゃねえか?(普通なら逆、カルトを心配するべきなんだろうけどな。)


まあ、全ては俺の考え過ぎかもしれねぇが。




「人の部屋で何してるか。」

「お、お前、帰ってたのか。」
突然、声をかけられてぎょっとする。いつの間にか戸口にフェイタンが立っていた。
気配を消して近づきやがったな、と舌打ちする。いくらこいつの絶が超一流とはいえ、あまりにも間抜けな自分の油断ぶりが腹立たしい。敵だったらやられてる。

「てっきり、一緒かと思ってたぜ。」
「誰と。ワタシ、ずと一人だたね。」
「いや、カルト……まあ、何でもねえ。」

するとやつは、ちらっと笑いを含んだ眼差しで本を一瞥。俺は反射的に開きっぱなしのページを閉じた。モロにSMテイストの服を着たあられもない姿の少女の絵が見開きで載っている箇所だった。
「フィンクス、今、ヘンな事考えてたね。」

だったらどうだってんだ。
俺に妙な妄想させたのはお前だろ、とツッコミそうになったけどやめた。
めんどくせえ。

フェイの切れ長な黒い瞳が俺をふっと捉える。流し目ってのはこういうののことをいうんだろうな、と俺は一瞬見とれる。
無造作に分けられた漆黒の前髪が青白いとさえ言えるような頬に影を落としてる。
女顔、というか童顔。昔から、ほとんど変わってない。

正直いうと、俺はこいつの外見が結構好きだ。
単純に、好みの顔だった。
あっさりしてて一見地味だが、カルトみてぇなキラキラした派手な顔立ちとはまた違った趣があるっつうか。

恐ろしいから口に出しては言わねえが、女だったら良かったのにとマジで思ったことがあるくらいだ。(旅団には色んな奴がいるが、俺はごく単純に女好きだった。)
実際、過去に俺が手を出した女の中には、こいつにちょっと似てるのもいた。(更に言えば、長い付き合いの中、二人で酔って悪ふざけをしたことすら、一度くらいはあったりする。)
こういうのって、普通に考えればおかしいんだろうな。
でもまあ、実害があるわけじゃないから俺は別に悩んだことも無いが。

俺があんまり凝視するから、向こうの笑顔が消えて、ちょっと眉間にしわが寄る。
「何人の顔じろじろ見てるね。」
「別に。なにを見ようが俺の勝手だろ。」

俺は話題を変えた。
「なあフェイ、シャルが昼間言ってた事、どう思うよ?」
「お前、まだそんなこと考えてたか。蜘蛛…幻影旅団がずと続いていく、定義からして驚くことでもないね。」

こいつには特に何の感銘もない会話だったらしい。でも俺は、普段はシンプルなこの俺が、珍しくしっくり来ない気分をひきずってんだ。そしてそれはあのガキと、あと部分的にはお前のせいだ。

「カルトが…いるから、あいつあんなこと言ったのかな?」
つい、また話題がカルトに戻ってくるが、フェイの表情には何の変化も見られない。
「さあ?何故お前そう思うね?」
「いや…そう思うからさ。」
「それ、説明にならないね。」

そりゃそうだろうな。だって今、言葉を飲み込んだ。
何故かって?単純に、うまく口に出来なかったからだ。
カルトがいると俺たちが……特にお前がおかしくなるような気がする、なんて馬鹿馬鹿しいこと言えるわけない。一笑に付されるに決まってる。

だが、そこでフェイタンはふと考え込むような表情になり、視線を俺から逸らした。そして、確かに、と独り言のようにつぶやいてまた俺の方を向いた。

「あれ、変な子供ね。明日突然裏切ても不思議ないよ。目的からワタシ達に近づいて、それがまだうまくいかないからそのまま居残てるだけね。」
「お前も言うなぁ。」
さきほどのシャルの眼差しとの温度差に俺はコケそうになる。
「当然。このくらい誰でも考えること。」
あれは所詮外の世界の人間、おうちで大事に育てられた子供、と歌うようにフェイタンが言う。
確かにな、俺たちとは根っこが違う。たとえ引きずる影が似ていようとも。
俺の考えとは違うようだが、フェイなりにカルトの異質さについて意見を持ってるってわけか。

「でも、仮にあいつが今すぐ俺たちを裏切って悪さしようとしたところで、別にどうってことないだろ。腕が立つとはいえまだまだガキだしな。」
「無論、軽く始末して終りね。」
「相変わらず容赦ねぇな。ま、確かにそうなるだろうけどよ。」

殺伐とした会話に微かな安心感。
何故かはわからない。ただ、あ、いつものフェイだという気がした。そういうことだろう。例え二人の間に何があるにしても。

だが、その感覚も次の瞬間振り出しに戻る。
声のトーンを少し落として視線を斜め横に反らし、奴がこうつぶやいたからだ。
「でも、まだ様子見るくらいの時間あるね。蜘蛛のため、有益か違うか…」
まなざしにほんの一瞬だけ柔らかい表情が宿った気が、した。

…このロリコン野郎。疑惑が確信に変わりそうだ。

まぁ、いいけどよ。どのみち俺には直接関係ねぇ。
だけどしゃくだから、捨て台詞を吐いてみる。

「…喰われんなよ。」
「は?何いうか。」
「何でもねえよ。」
「…お前、今日はおかしいね。何一人でごちゃごちゃ考えてるか。」

怪訝そうな表情で俺を見据えてくるフェイの瞳に曇りは無い。
そのままでいてくれよ、変なことで迷うなよ、とお節介極まりない願いをかける俺の気など当然おかまいなしだ。
そして、返せといって俺から画集を取り上げ大事そうに側の棚にしまい、こう言って笑った。

「フィンクス、やはり乙女ちくね。」




END

【作者後記】
たったこれだけのことを言うのに長くなってスマンです。
フィンクスがなんだか随分おしゃべりさんな人になってしまいました…。しかも、フェイをめぐってカルトと三角関係気味です(汗)終わってるなー。

ちなみに、個人的にフェイって…受キャラにもみえるんですよね。特にあのお顔、もう受けてほしくて仕方ないです。でもフィンクスと組ませると、私の場合、エロ描写云々はおいとくとして、性格的にフィンクス受のような感じにどうもなってしまうようです。あと、カルトは受のようですが性格的には結構…攻だったり?これはキルアと絡ませたときにも感じた事なんですが。どうもその辺微妙なまま書いてます。
なお、カルトちゃんの性別については、毎度の事ながら迷い続けてます。半陰陽はさすがに二度使いたくないし…。

いやはや最後に優柔不断な無駄口スイマセン。ということで、ホントにどうもお粗末様でしたm(_)m
あ、フェイタンとフィンクスがいつ出会ったか云々についても色々ねつ造してます。どうぞご容赦を…。




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