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  初夏の午後  

6.

「とにかく、まあ…突然変な話をして済まなかったね。」
「本当だわ。」
慌ててあらぬ方を向きながら、濡れた瞳を隠した。アスカには、一日のうちに二度も泣くようなバカは出来ない。抑えた涙で鼻の奥が気持ち悪い。

「とにかく僕は煮詰まっていて、別の人間と話がしたかったんだ。君はそんなときに僕の行動範囲内に、いた。」
「しかも、その変な女がホテルにまで誘ってきたわけね。」
「まさか君とすることになるとは思わなかったよ。」
「何よ、ほいほいついてきたじゃない。こんな告白聞くことになるとは夢にも思わなかったわ。それにしてもまるきり節操ないのね。男が好きっていいながら、その彼女とする…。ヤれれば誰でもいいんでしょ。所詮あんたもオスね。」
つとめて乾いた調子で、つっけんどんに。視線を合わせずに、涙が乾くのを待ちながら、言った。

「怒ってるの?でも、確かにその通りだよ。多分、誘われれば殆ど誰にでもついて行ったと思う。本当に、誰でも。」

涙を振り払ったアスカが斜め後ろを振り返ると、カヲルの眼差しは前方の風景を通り越してどこか彼方へと注がれていた。
一瞬、何か暗い、奈落を覗くような空虚な光が彼の瞳の中によぎったように思いアスカはぎょっとした。だが次の瞬間、彼女に目を合わせたのはいつもの彼だった。

「で、誘ってきたのが君でよかったよ。僕は運がいいね。嬉しかった。ありがとう。」
そしてまたカヲルは屈託のない笑顔を向ける。
「…あんたって、変なヤツね。」
アスカは苦笑した。

「また時々こうして会ったりできると嬉しいな。」
「ホテルで?」
「それはもちろんいつでも大歓迎だけど、もっと話したりお茶飲んだりしたいと思っているよ。もともと今日だって、Hの方は想定外だったわけだし。」
「ふうん?」
「まあ、でも、確かに今日の事については…出来れば『敗者復活戦』が欲しいとは思っているよ。君だって別によくもなかったでしょう?さっきは。」
「え、まあ‥」
「お互いに時間が無くて、君は腹立ち紛れに既成事実が作りたかった。違うかい?」
「はっきり言うのねー。でも、別に『敗者』っていうのは‥言い過ぎじゃない?」
「あれは僕にとっては敗北だよ。もっと、とびきりイイ気持ちに二人でならなければ意味がないな。」
「あんた自信家ね。でも、悪いけどまたその気になるとは限らないわ。だって、ヨくなかったものをもう一度試す必要もないでしょ。」
「確かに。まあ、ならばもう一度試したくなるように、仕向けてみせるまでさ。」
「ふん、やれるもんならやってみなさいよ。」

ほの白いカヲルの横顔をアスカは改めて見詰めた。さっきの翳りは消え、今は心なしか、少し上気して嬉しそうに見えた。切れ長の瞳。アッシュトーンの髪が鈍い光に透けて闇の中に銀色の輪郭を成している。

こいつ、イくときにシンジのことを考えたりしたのかしら。
傍らのカヲルが今抱いているであろうこととは恐らく全然別の考えがアスカの頭をよぎった。

そういえばあたしも考えていたわ。シンジのこと。というか、最初から最後まで考えていたわね。
思えばバカな話だわ。二人で汗だくになってヤりながら、同じやつのことを想うなんて。
アスカは可笑しくなった。

「やあ、月がきれいだね。今夜は。そう思わないかい?惣流さ…アスカ。」
不意にカヲルが声を上げた。角を曲がった途端、中空にぽっかりと浮かぶ満月が二人を見下ろしていた。

同じ光を見詰め、アスファルトの傍らに一瞬立ち止まる二人。
その瞳はお互いを映すことはないが、同じものを見て、何かを感じている。
この後二人の道がすぐ分かれることを知りつつ、互いの存在を傍らに感じることでわずかに安らぎを得ている。


この日、失ったものと得たものと。
何が不幸で何が幸いだったのか、その答えはまだわからない。



別れ際、それぞれの寮に続く薄暗い敷地内の小道で、二人は軽いキスを交わした。

そして振り返らず、それぞれ歩いていった。







終わり





【作者後記】

とにもかくにも、長くなってすいません。この話が以前にUpした「嫉妬」につながる…はずなのです。「嫉妬」より前に書いてたのですが、これより更に長過ぎ&文体変過ぎたので、必死で切り詰めて直しました。それでもまだ長い…。
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