デート

(一)

明日さ、デートでもしてみない?と言ってみた。

夕方だった。
いつもみたいに、旅先の仮住まいに居た。

久しぶりに自由な週末。
大きい仕事が終わったばかりで訓練とか気合い入れる気も起こんなくて、二人ソファーに座ってぼんやりテレビ見てた。レオリオとクラピカが夕食の買い物に行ってくれてるから、大人しく待ってたんだ。

一瞬反応が遅れて、あぁ?
とキルアが振り向く。思った通りの反応。
何を今更って表情で、いきなりどうして、とか訊いてきた。

「けっこう長い事ここにいたけど、一度もゆっくり出来た事無かったしさ。今週末が終わったらまた別の国で仕事だろ。」
「はぁ。」
「それに…」
「それに?」
俺はちょっと口ごもる。改めて訊かれると言いづらいなと思ったけど、でも言う。
「考えてみれば、キルアとデートするつもりでそうしたこと、まだ一度もないから。」
「…何それ。」
ちょっとむっとしたような顔までされてしまった。俺、何かまずいこと言ったかな。

「確かに、俺とは無いな。」
キルアがソファーから立ち上がって、ふーとため息をついた。
「ま、お手並み拝見させてもらうぜ。」


* *


「で、どこ行くの。」
次の日、午前中にそれぞれ用事を済ませた後、指定しておいた駅の改札で待ち合わせた。
それにしてもすげぇ人だな、とキルアがあきれたような声を出す。
確かに、街はにぎわってる。
そうか、もうすぐクリスマスが近いんだ。
駅ビルの側にも巨大なツリーがみえた。色とりどりの電飾が目に鮮やかだ。

「この国でもクリスマス、祝うんだね。」
「らしーな。」
「パドキアは?」
「…んー。」

キルアがふと考え込むような顔をしたから、一瞬遅れて、俺はしまったと思う。

「盛大にやるんじゃねえの。そーいえば、この時期になるといつも街はにぎやかだったぜ。」

街はにぎやかだったけど俺んちは違った、言外の意味を俺は汲み取る。

「…そうか、むしろ本場だもんね。そっちは。」
「まぁな。」

キルアがそう言って、肩をすくめて微笑んだ。



実は、特にどこ行こうとか、そんなに決めてなかった。
この駅にしたのは、大きい公園があって、歴史的な建物やめずらしいお店もあるし、歩くのも気持ち良さそうだったから。
きっちり計画たてても良かったんだけど、キルアとは何となく気分にまかせて散歩したり寄り道したりして過ごしたい気がしたんだ。
問題は、よく知ってるキルアとそれをやっていつもと何が違うの、ってことなんだけど。

そうだよな、キルアが変な顔するのも考えてみれば当たり前。
ずっと前から友だちで、一緒に住んでて、普通に遊んだりしてた。

ただの友だちって感じでなくなったのはつい最近のこと。
―――というのも、ぶっちゃけ、こないだやっちゃって俺はキルアが好き、そういうことなんだけど。
でも、その後もずっと毎日忙しくておまけにクラピカやレオリオも一緒にいたから、実質変わった事なんてほとんど無し。で、別にそれに不満があるわけでもなかった、と思う。


何だろう、でもただ、こうして歩いてみたかったんだ。
仕事とか目的地のある遊びとかでなくて、ただ当ても無く、二人でよく知らない場所を。





青い空、白い雲、太陽。
大通り。排気ガスの匂いと雑踏。
本当に都会なんだな。俺の育った場所とは全然違う。キルアの故郷とも。
公園に入って冬枯れの木立に囲まれるとほっとした。

ずっと歩いた。時々しゃべったり、笑ったりしながら。
しんとした細い小道を行き、この国の神様を祀る場所を見た。
少しお腹が空いたら、ベンチで持ってきたお菓子を食べた。
しばらく行ったらまた街に出た。線路が見えて、それ伝いに歩こうってことになった。
もちろん、思い切り寄り道しながら。

本当に拍子抜けするくらい、いつもの俺たちだった。
キルアの好きなタイプの店はわかってるし、キルアも俺の気になるものは把握してる。実はあまり趣味の重ならない二人なんだけど、どこで譲れば良いかタイミングくらい知ってる。
服とか靴とかボードとかの店の前でキルアがそわそわしだしたら俺が歩みを緩めればいいし、俺が道ばたで鳥やら珍しい木の実やらが気になって突然立ち止まったら、キルアも黙って同じものをみててくれる。


あ、でも、そっか。
やっぱりちょっとだけいつもと違う。
公園や買い物に行くためにキルアと歩くんじゃなくて、キルアといるために歩いてる―――






日が暮れていくけど、街は眠らない。
大きい交差点の信号が青に変わると、まるで民族大移動みたいに一斉に人が動いた。向こう側のビルには巨大なスクリーンがいくつもあって、天気予報とか適当なCMとかが流れてる。
俺、この場所知ってる。映画で見たぜ、とキルア。へぇ、と俺。
人並みに流されままクリスマスソングの響く路地に入り込む。

夕食時だったので、値段も手頃で雰囲気のいい適当な店に入ることにした。
コートを脱いでマフラーを解きながら、そういえばさ、とキルアが思い出したように言う。

「くじら島にもクリスマスってあんの?」
「うーん、家によるかな。ほら、くじら島って色々なところから来た人が寄り集まって住んでいるからさ、」
「へーぇ?」
「どこの地域から来たのかで、それぞれの家の伝統も違うんだ。クリスマスを祝わないで、別の神様のお祭りをする家もあったよ。」

ふと、キルアと目が合った。ほおづえをついて、覗き込むように上目遣いで俺を見るから、なんだかどきどきして思わず俺は視線を反らす。

「お前んちは、どこから来たの?」
「うちは――」

斜め横を向いたら壁に張り巡らされた鏡の中の自分と目が合った。つられたようにキルアも同じ方向を向いた。他の客達を背景に、黒い髪の俺と銀髪のキルアが並んで映っている。同じような色の髪や目の人たちが多いこの国で、自分らを外国人に感じる瞬間。

「そういえば、うちの先祖の誰かにこの国の人がいたよ。」

周りから明らかに浮き上がっているキルアの風貌を意識しながら、俺は答えた。俺も目の色とか肌の色が少しこの国の人と違うんだけど、それでもこうして見るとキルアよりずっと風景にとけ込んでいる自分を感じる。

「でも、色々混じってるんだと思う。わからないや。ミトさんはとても明るい色の髪をしてるし……」
あ、でも写真の中のジン―――は黒い瞳をしていた、と俺は思い出す。

そっか、とキルアが静かに微笑んで、鏡から目を反らした。だけど俺は映り込んだその横顔をじっと見つめる。
自分との違いが際立って見える鏡像を。
白い肌、銀色の髪、切れ長の瞳を彩る長いまつげ、そして深い碧の瞳。俺の故郷とは縁もゆかりも無い、離れた遠い遠い場所で生まれ育った人。

若干の知人をのぞいたら他に知る人もいないこの土地で、生まれた国も違う、全然他人同士だった俺たちが並んで座ってる。人生って、不思議だ。

そのとき、食事が運ばれてきて、ふと我に返った。

「あ、キルア、それ。」
「へへー、そう。スシだよ。メニューにあったの見つけた。この店、何でもあるぜ。」
「うー、俺もそれにすれば良かった!」
それにしても、最初のハンター試験のとき、俺たちなんであんなに苦労しなきゃなんなかったんだよなぁ、こんなクソ単純な料理のためにさ、と口一杯頬張りながらキルアが文句をたれた。でもその後、結構うまいぜこれ、と俺に一つ分けてくれた。


* *

「――俺さ、クリスマスって実は、よく知んないんだ。」
キルアに紅茶、俺にはアイスコーヒーが運ばれてきたときの事だった。ポツリとキルアが言った。

「そうなんだ。」
「うん。俺んち、あんましそういうの関係なかったから。パドキアは…本場なんだけどさ、うちは違うわけ。」
へへ、と笑うキルアの横顔に、俺の胸がきりりと痛む。アイスコーヒーも苦い。

「でも、冬になるとさ――ちょうどこんくらいの時期からかな、大聖堂の前にたくさん屋台みたいなのが出るんだ。その、クリスマスのための。そこでさ、よくわかんねぇけど、なんか光り物系の飾りとか、おもちゃとか菓子とか飲み物とか売ってるわけ。にぎやかでちかちか電飾みたいなのが光ってて、なんかいい感じだったぜ。」
「へえ、楽しそうだね。」

記憶の底から浮かび上がってきた光景はきっと快いものだったのだろう。すぐに緩んだキルアの表情に、俺は少しほっとする。

ふと、話がまた途切れた。キルアは微笑んだままうつむいて紅茶をかき混ぜてる。伏せられた目に銀色のまつげが光った。

「ありがとな。」
「え?何が?」
唐突にお礼を言われて、よくわかんなくてぽかんとしていると、キルアが、いや、だからさ、と言って、またなんだか押し黙る。
そしてそっぽを向いたままぼそっと低い声で一言。
「今日、楽しかった。」

一瞬、反応できなかった。
簡単な、本当にたったそれだけの一言に、ぱぁっと、体温が上がるような気分がしたんだ。 奇妙な感じ。よく知ってる相手なのに。

「それは…俺の方こそ。とっても楽しかったよ!」
なんかはなさなきゃ、と思って俺も言った。
「ありがとう。」

キルアは横を向いたまま黙ってる。その頬が少し赤く見えるのは、ちょっと薄暗い照明のせいなのか、それとも…。

「キルアだから…だと思うんだ。こんなに楽しかったの。」
沈黙が恐かったわけじゃない。でも、俺は突き動かされるようにしゃべり続けた。
「キルアと今日、こういうふうに一緒に過ごせて、すごい嬉しかった。」

キルアが何を思ったか、知らない。
でも、少しの間が流れた後、またいつもみたい頬杖をついて、ちょっと照れたような顔で俺の方をちらっと見てこう言ったんだ。

「このあと…どーしよっか?」







つづく…(笑)
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