un fait tres simple, un bonheur.

紅い花

5. epilogue


俺は一人でくじら島に帰った。

あのあと、置き手紙も残さず、キルアはホテルからいなくなっていた。当然、携帯にも何もよこさなかったし、俺からも連絡しなかった。

だから約束した「仕事」の報酬をネットから振り込んだとき、それでもこの金だけは、どこかにいるキルアに届くんだなとふと思って、奇妙な気がした。

島の人には、俺がハンターで、そのせいで犠牲者が出たけど、悪者を返り討ちにもした、みたいなことがだいぶ知れ渡ってしまっていた。俺を過剰に英雄視する人と、島の治安が悪化することを懸念する人々とが現れて、いずれにせよもう長居は出来ない感じだった。

夜明けにひっそりと小舟で島を発つのは俺くらいで、見送るミトさんが泣いてた。
きっとまた会えるのはわかってるけど、あなたがこういう風に去るのは、あなたのお父さんのときを思い出してとても辛いと涙をこぼした。
だけど、いつかこの日が来る事を知っていたわ、とも言った。

夏休みのたびに帰ってくる子供だったあなたと過ごした日々、それもついに過去になるこの日が訪れることを、もうずっと前からわかっていたの、と。

でも、12のときに島を出たきり帰らなかったジンよりは、ましね。

最後にそうささやいて、泣き笑いの表情で、俺を抱きしめた。


彼女---ノウコの両親に再び会うことは出来なかった。
俺もまだ、彼らの前で語るべき言葉を持てないでいる。 だから港に行く途中、白い雨戸が閉ざされたままの家を見て、心の中でしばしの別れを告げるのが精一杯だった。墓地にあったのと同じ紅い花を摘んで胸ポケットにさし、またいつか来ると誓った。
いつになるのかはわからないのだけど。


本当に短い間にあまりにも多くの事が起きて、まだ整理がつかないでいる。
儚く淡い日々と、続けて起こった死、殺戮、裏切り、受けた傷の痛みの記憶、この全てが過去になる日は来るのだろうか。

…わからない。


だけど、ひとつだけ確かなことがある。
俺はそれでも、ハンターであることをやめられなかったし、これからもそうだろうということ。

こうして、失った人の記憶を引きずりながらも力の続く限り生き続けてしまうのだろう。
たとえそのせいで、また多くの人を傷つけ、別れることになるとわかっていても。


これは、業。
親父が残し、俺が自ら取り込んでしまった、罪であり、暴力であり、愛であり……そして人生そのもの、なのだ。

親父を捜して旅に出た12のときから、何かを探し追い求めることが俺の人生になって、そのまま引き返せない道に来てしまった。
ハンターライセンスは、その俺の衝動に形を与えてくれただけ。


船が岸から離れる。波が舳先に砕け陽光に光る。
島が遠ざかる。

不意にキルアの面影が浮かんだ。

キルア、最初の友達。
はじめてのひと。

あの森での出来事は、俺たちの何かを決定的に変えた。
俺の一言で、堰を切って溢れたキルアの感情。暴力と拒絶、最後の告白。

そこまできて、俺はようやく気づいた。
一度は捨てて他の人を選んだつもりでいたくせに、もつれきり、膿んでしまった関係を断ち切る勇気がなかったのは俺の方だったってことに。
そのせいで二人苦しみ、利用し合い、依存し合い、憎しみに近い感情すら分かち合ってしまった。

結局、勇気を出したのは、最後通告を突きつけてくれたのは、キルアだった。





そして今、 潮風が吹いて、清々しいくらい何も無い。
側に居てくれた友も、愛した少女も、帰る場所も、失ってしまった。

だけど、前へ進めと声がする。
どこに行けばいいのかもわからないのに、朝日だけがまぶしく行く手を照らす。

俺は途方に暮れて宙空を仰いだ。
水平線のふちから明るくなった空が立ち上がり、天空を塗りつぶしていく。




ああ、だけど、



この同じ空に覆われた地上のどこかにキルアがいて、きっと俺のように旅をしている。

俺の知らないキルアの時間が、今もたゆまず、着実に流れている。

一つの世界に、二人とも確かに生きて、存在している。



その些細な事実をこそ、幸福と呼ぶべきなのだろう。
そんな気が-------した。




紅い花がポケットから風にさらわれ、波間に消えていく。

これから始まる旅の事を思った。
そして、今は果てしなく続くように見えるけど、きっと短い人生のことを。
ほんの少しだけ流れた涙を拭う。

陽射しの暖かさに全身が覆われていくのを感じて、俺はそっと眼を閉じた。








(...and the life goes on.)






〈作者後記〉
これで終わりですが、この他にエピローグのキルアVerというか、半分独立SSみたいなのもあったりするんで、そのうちUpします…。クラピカあたりが出てきそうです。しつこくてすんません。

〈作者後記2〉
たびたびすいません…Upから数時間後に気に入らないところを発見したんで、細部を書き直しました。この話、原型は随分前から出来てたんですが、妙に仕上げに苦労しました。一応テーマは「自立」(ただし尋常ならぬ紆余曲折を経た上の)ってことでがんばったんですが、実は冒頭のシャワーシーンから思いついた話だったりもする(笑)。


Copyright (c) 2005 All rights reserved.