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Father, I love you, I hate you.

黄昏


子供の頃から、うっすらと不快な思いをする事が多かった。

たいしたことが起きた訳ではない。
ただ、一人になると時折、誰かに声をかけられた。
大抵は少し寂しくて、夕陽を背中に重く感じているようなときだった。

どうしてわかるんだろう?
シンジはいつも不思議だった。
彼らはまるで、自分の中の何かをかぎつけたかのように、いつの間にか背後に立っているのだ。


特に重大な事に至った訳ではない。
大抵、彼は用心深くて、声に誘われてどこまでもついて行く事はなかった。
ただ、2、3度若干の羞恥心と引き換えに、お菓子をもらってしまったようなことがあっただけだ。


そう、ちょうどこのくらいの時刻が多かった。影法師が長くなるころ。公園の門を出たあたり。彼らの声はひどく甘い。かわいいね、坊や。一人かい? お母さんは———?





一人残されたとき、恥ずかしさと、奇妙な罪悪感が残った。

見知らぬ大人の手の感触に全身をこわばらせながらも、いい子だね、君可愛いね、という存在肯定の言葉を浴びせられる誘惑に一瞬だけ、負けてしまう。


大した事じゃない。でも、

「男らしくない」

一人残されたとき、唐突にシンジは自分のことをそう思った。
そして恥じた。




夕暮れ、立ちすくむ。
お菓子を握りしめたら涙がこぼれて慌てる。
泣くのは弱虫だって先生も言ってた。

父はこんな自分を見て、きっと蔑んだ様な瞳を見せるのだろう、そう思って泣けた。悔しくてならなかった。
泣いてしまう自分を更に軽蔑、自己嫌悪。

(嫌いだ。みんな大嫌いだ。変な大人も、うるさい先生も。だらしない自分も。ぜんぶ。
何もかもいやだ。)




…でも、もっと憎いのは父だった。



あの権威、厳しさ、冷たさ。笑顔すらみせずに背中を向けて、自分を置いていった父。
こんな風に自分が公園に一人居る原因を作った、ひと。

ずっと幼い頃から憎み、だけど同時にひどく羨んでいた。


(悔しい。)

(あいつが僕を置いてった。)
(僕が小さくて、弱虫だから?)
(僕を捨てたあいつが、憎い。)


憎むが故に、父のことを想い、背中を追いかけていた。


(憎いから、寂しい。)
(…忘れられない。)


そして心の何処かで父のようになりたいと思っていた。
あまりにも憎いから、父の基準で父に勝ちたかった。

(お前が僕を踏みつけてきたように、僕もいつかお前を、)
(一思いに、粉々に、)

(いつか)


父親がよりどころにしている、何か大事なものを打ち砕いてやれるものならば———



(……)
(でも無理だ。)
(きっと叶わない)
(僕はきっといつまでたっても父さんを…超えられない。)


目を閉じる。思い出す。そびえ立つ父の後ろ姿、広い背中———大人の、男。
途端、全身に蘇る。ゴツゴツとした、手の感触。
浸食される、かんじ。


オトコノコナノニ。
オトコラシクナイ。

言わないで、先生。
涙はもう止まったけど、手で顔を覆ったまま打ちひしがれて、砂場にうずくまる。

(…僕はだめなやつだ。もうだめなんだ。)


あらかじめ挫折した、復讐。

—————だから、憎悪と執着が募った。





続く



【作者後記】
ごめんなさい。この話は多分じめじめして暗くなります。
あと、作者の解釈が思い切り入っているので、二つの原作にあるシンジ像と噛み合ない部分も出てきていると思います(例えば庵シンジは、父を憎悪しながらも 父に対してもう少し無関心を装うことが出来ている気がします)。ただ、今まで書いた話で、あまりにもシンジの心の動きがなおざりになっている気がしたの で、彼について色々考えてみたのでした。…で、やってみた結果こんなことになってますが。
でも、お解り頂けないかもしれませんが、私はシンジはとても好きです。悪い意味で、エヴァという作品の中では一番身につまされていたたまれなくなるキャラ です。まぁ、エヴァのすごさはそもそも、多くの人にそういう思いをさせることが出来たという点にあるのだとは思いますが。