je ne sais pas ce que veut dire devenir un etre humain.

人形


あれから一年くらい経ったのだろうか?
予想に反して、僕と彼はずっとこういう風に関係を持ち続けている。
たまたまその気になった方が誘って、寝る。約束はしない。


相変わらず彼のやり方は少し手荒だ。(基本的にSだしね。)
それでも、あるとき不意に彼とするのは嫌いではないと思った。
僕にしては珍しい感情。柄にも無く、そのとき人恋しかったのかもしれない。





「フェイタンとこういう風に続くとは…思わなかった。」
口に出した瞬間、あ、馬鹿なことを言ったと思った。

「おかしなこと言うね。」
彼が答えた。こちらを一瞥もせずに。
「おかしいかな。」
「予測不可能、ワタシ達の生活でそれ当たり前。」
淡々とした口調で、さっさと服を着てる。

どのみち先の見えない人生の些事にいちいち驚いていてどうする、という趣旨のその回答は、僕の望んでいたものと少しずれているような気がした。けど、じゃあ何を訊きたかったのかというと頭がぼんやりして思い出せない。

僕らしくもない。
のろのろと襦袢をつけた。
脱ぎ散らかされたままの赤い振りそでを拾って手を通し、帯を手に取る。金糸銀糸のかさかさした感触に、気だるさが襲ってきた。


きれいな着物、きれいな帯、かわいいかわいい着せ替え人形。
思い出すのはいつか彼とみた画集の玩具みたいな女の子。
ああ黒い瞳黒い髪。僕は少し似てるかな。


僕はずっと父さまや母さまの人形だった。
これから先もそうでしょう。
蜘蛛にずっと居るつもりもないし、
そのことを別に隠すつもりも無い。
いつかはうちに帰る。
(…兄さんをつれて。)




だからここで僕がする事にさして意味なんて無い。暇つぶし。


でも今日だけはどうしたことかひどくだるくて、
つい、目の前で椅子に座り靴を履いてる横顔に、毒づいてみた。


「フェイタンは、人形みたいな子が好きなんだ。」
無反応。

「ずっと、最初のときからあなた、僕があの絵のお人形さんみたいだって思ってるよね。」

既に黒の長衣まで着てしまってる彼がようやく振り向く。実は結構たくましい身体も今はすっぽり覆われ口元まで隠れて、伸びた前髪の間からのぞく瞳だけ目立ってる。もともと童顔だから、こうしてみると彼の方がときどき僕よりお人形さんみたいかも、と思う。だけど続ける。

「何やっても文句言わなくて、どこか壊れてて、とにかく若くてかわいい。だから僕と寝るんだ。」

言ってしまって、急に気持ちが楽になったのを感じた。
胸がどきどきした。
どうしてだろ。自分でも可笑しくなってくる。こんなの初めて。


フェイタンは肯定も否定もしなかった。
ただ、ふいと壁側を向いて、めずらしく少し考え込むような顔をした。
そして振り向き、言った。

「お前、人形と人間が違うの当たり前な世界で育てきたね。」
と。


「…え?」
言葉の意味が飲み込めず眉をひそめる僕に、ハハ、とフェイタンがいつもの乾いた笑い方をする。

そして、

ふっと、目の前に影がさした。
至近距離に彼の顔、僕は咄嗟に反応できなかった。

「人形扱いされる事嫌なら、そうする奴、殺せばいいね。」

冴え冴えとした黒い瞳が光ってる。
彼の冷たい指が僕の頬に触れて、あごへと滑って、首筋に触れた。

「ついでにそいつの家も、金も、仲間も皆奪う。きと、代わりに人間になれるよ。」

頸動脈の上の、柔らかい皮膚をなぞるその指のやさしさに、恐怖とも快感ともつかぬ感覚が背中を走り抜けていく。

「それ出来ないで文句言うだけの奴、蜘蛛に要らない。お前も、解てるはずね。」



なるほどね、恐いな。
僕の方が今すぐ、殺されそうだ。

全然、太刀打ちできない。
腕も気迫も、そしてその冷たさにも。

―――僕は格下。改めて、苦い思いがこみ上げる。


それでも、



ほんの少しだけ、可笑しくなる。

だって、どこか変。滑稽。

あなたの言う事、残酷だけどわかりやすすぎる。
脅迫めいた言葉の裏側に、教訓くさい大人の説教みたいな響きが有るから。

ほら、冷たかった指も、そうやってぐずぐずしてるうちに、
僕の体温でぬくもっていく。


だから今度は僕が嗤う。

「…随分、親切なんだね、フェイタン。」

相手の動きが止まる、その隙に首筋に触れる手を払いのけた。
間髪を入れず、彼の肩に両手を回し額を寄せて囁く。

「蜘蛛の先輩としての忠告、どうもありがとう。」

そしてわざとらしく、この覆面みたいな襟が邪魔、と言ってやる。
一瞬躊躇して、彼はそれを顎まで下した。


彼の怪訝な表情など無視、
そのまま強引に口づけた。




父さま、母さま、そして兄さん、
僕はきっと、家に帰る。
蜘蛛にも、人間にもならないよ。



でも、

体温が交じりあうのを感じながら、
ほんの一瞬だけ、

今、この人でなしに殺されるなら、それも悪くないと思った。





END




【作者後記】
なんだかよくわからん話になってますが、とにかく、ひねくれてるくせに、ちょっとだけけなげで、でもやっぱりとことん小悪魔なカルトちゃんが書きたかったのです。
フェイタン…やっぱり微妙に別人気味ですが、まぁ、22巻後半あたりのマッチョな感じを念頭において書いたということで…(懺悔)。
個人的には10−13巻の座敷童のような彼が大好きなんですけど、あれは自分には表現できんです。あんな電波でない。

なお、「画集」というのは、10巻でフェイタンが拷問のあとで読んでた「Trevor Brown」とタイトルのある画集らしきものことをいいたかったつもりです。フェイタン、好きなのかなと思って。
Trevor BrownはポップなSMロリっぽい絵を描き、東洋人ぽい少女がよく出てくるのです。…私の好みではないですが。2005/12/19