la perte, moins on en parle, plus ca fait mal.

モドル | モクジ

  何も失われていなくて  


「ケツ以外の場所でセックスするのって、どんな気分?」

鬱気味の子供がとんでもない質問をしてきた。
相変わらず24時間思春期だな。
でも人の事言えない。

ゴンが出て行ってから、キルアは本格的に元気が無い。
彼とは今までなるべく適度な距離を保とうしてきたのだけど、今日もまた成り行きで膝枕なんかしてやりながら、二人で夕焼けをぼんやり眺めてる。


「…両方知ってるあんたなら、わかるかと思って。違いが。」

そこまでいってしまっておきながら、

「質問が気に触ったら、ゴメン。」

謝るところも彼らしい。

その後、ぽつりぽつりと、語りだした。

「うしろに入れられて抜かれるときって、なんか、はらわたごと持ってかれるような気がする。」

「やられるたび、俺の一部が削れてるみたいな感じ。

だけど、終わって身体をさわると、何も失われてなんていないんだ。
確かに何かが、無くなった気がしたのに。
あれって変。
本当に変で、しかも考えると、なんでか知らないけど気分が滅入ってくる。」

「だからこう思うことにした。
俺とやったヤツなんて、生きてるのも墓の中の死体も含めて世界各地に散ってるだろ。
ああ、じゃあ、俺のパーツもあちこちに散らばってるのかなって。」

「そーすると、なんか一人で、笑えてくるんだ。
うん、笑える。」

「…ねえ、あんたは、どう思う?」

「どうって…いわれても。」

支離滅裂な、問い。相手の感情を気にもかけない、はた迷惑な自虐思考。
答えを期待しているような感じでもなかった。キルア自身もそれがわかってて、私の反応を楽しむように唇だけゆがめて薄く笑った。

一体、何があったのだろう。
よほどゴンとの別離が堪えたのか、それとも、もともとの傷つきやすさを私が知らないでいただけなのか。





失われた、喪失。
喪失の不在。

ゴンが何かを持ってった、気がした。

だけど、無くなったはずなのに、鏡をみると俺には何も欠けてない。
いつも通りの髪、目、鼻、口、胴体、手足。


今頃、どこにいる?
そっちは今何時?



あのとき、あの夜、

俺の中にいた。

自分と他人の境界が交わる瞬間に、感じた。
お前は俺じゃないんだなって、はっきりわかった。
他人だからこそ、自分の皮膚や体内に感じることが出来る、単純な事実。
それが嬉しかった。


でも、もういないんだ。


(引き抜かれる。
排出される。
排泄される。
冷えてく体温。)


せめて、ゴンの何かが俺の中に残っていればいいのに。

ううん、

そんなに遠くに行くのなら、俺の何かを、目に見える何かを、
手元に持っていってほしかった。

(それこそ…手でも、足でも。)


いつでも、どこでも、失ったもののことを思い出せるように。



だけど朝目覚めると俺は何も失っていなくて、
陽はいつものように昇り沈む。
まるで何も起きなかったみたいに、無傷の日常が続いていく。
心はこんなに、空虚なのに。






キルアがどこでもない場所を見るような眼差しを虚空に向けたまま黙り込んでしまったから、私は答えた。
独り言のように。


「特に何も…感じた事は無い。使う身体の部位で行為の印象が違うこともないし、喪失感というのもさほどは…。」

覚えていないだけなのかもしれない。
忘れてしまったのかもしれない。
いや、むしろ、知覚しないようにしてきたのかもしれない。
私の感情は時に、ひどく凍り付いていることがあったから。

「あんたさぁ、ひょっとして…あまり感じない人?」
不意に、子供の無遠慮な声が飛んだ。

「冷感症かってことか?相変わらず、唐突に随分と失礼な質問をするものだな。」
「あぁ、悪ぃ。でも、ぶっちゃけ、前に俺としたとき、あまりキモチ良くなさそうだった気がしてさ、それを思い出して。」
「………。」
「別に、だからどーって言いたいんじゃねえんだ。ただそれがホントなら、俺もああそうって納得いくってだけで。でなきゃ、単に相性が合わなかったって言う話でも、わかりやすくていいし。まあ、どっちにしても気にしないけど、ただ…確かめときたくなった。そんだけ。」

「子供がそんな割り切り方するものじゃない。」
「…あんただって、大人っていえるほどの年じゃないだろ。」
一瞬の間をおいて、顔を見合わせて、少し可笑しくなって笑った。


何が、そんなにひっかかっているのだろう?

不思議なのは、彼が自分を何かひどく不完全な存在として捉えているようにみえることだった。
これは本当に奇妙なこと。
だって、世間からすれば絶望的に不完全な身体を抱えているのはこの私。彼はただの健常な少年でしかない。
贅沢な悩みを抱えた、失恋で少し鬱気味なだけの子供だ。
それなのにまるで彼は、この私に羨ましがるような視線を向けている。
いや、たんなる羨望ではなく、そこに微かな共感の波長すら感じる。
おどろいた。

彼は自分が私に近いと思っているらしい――――ゴンや、レオリオよりも。
近いと思いながら、でも自分とは違う、私の何かを羨んでいるのだ。

何を?
私が何も「失って」いないようにみえる?
でも、失うって……そもそも、何を?




(たましい、かな。何かが抜かれてしまうんだ。
…うまい答えじゃないのはわかってる。
でも、そうとしかいえない。
形の無いもの。
みえないから、失ってもすぐにそれとわからないもの。
小さい頃からずっと、奪われ続けてた。
ゴンがいてくれるようになって、それが止まったと思ったのに。

たぶん、あいつが最強最悪。
最後のかたまりを持っていってしまった。
痛恨の一撃。

だけどその証拠も何一つ残ってないから、
よけいに気が滅入るんだ。
何かが起きたはずなのに、無かったことになっている。気分はサイアク。)






キルアの過去はよく知らない。
キルアも私の過去を知らない。

だけど直感で互いに気づいてる。
同じではないけど、何か、共通する部分に。



だけど私は、それでも、と思う。

失ったものはないし、これからもないだろう。

―――お前にだって、それは同じじゃないのか?



確かに、人と深く交わるごとに(例えそれが性的であろうと無かろうと)、何かを分け与えなければならないのは事実。
痛みを伴うこともある。

だけど同時に、積み重なり残っていくものだってあるんだ。


(暖かい腕の記憶。遠い、遠い日。もう二度と会えない人たち。)
(でも、生きている。)
(…私の中で。)


だから、プラスマイナスゼロ。
最後にはおなじこと。

私じゃなかった何かが、降り積もり、染み込み、私と混ざっていくけど、私が私であることは変わらない。只、新しい自分をそこに見いだしていくだけ。


そしてきっと同じ事が、相手にも起こっている。
それを出会いっていうのでは、ないだろうか。
たとえ交換されたのが、痛みであっても、憎しみであっても。



(例えば、殺したいと思った蜘蛛とでさえも、あれは出会いだった。)




…これは大人の開き直りなのだろうか。

恐らく、そうなのだろう。

窓から吹き抜ける風に、目の前の銀髪がかすかにそよいだ。
長いまつげの影が落ちた頬の輪郭はまだ、痛々しいほどにあどけない。

だけど…


確かなことがある。

キルア、お前とだってそうして出会った。
そしてお前は私から何一つ奪わなかった。



…と、これは心の中での私の独り言。
声にするかわりに、黙って柔らかい猫っ毛を撫でた。
ふと、彼が身じろぎして、光る瞳が私を捉える。


「俺、あんたになりたかったなあ。」
そして低い声で、一言。
「…自分、やだ。」






(俺はあんたを、すごく、きれいだと思う。
男でも、女でもない。ただ自分自身でいられるなんて、うらやましい。
むかしの人がそういうヤツを恐れて遠ざけた、その理由がわかる感じ。
だって、あんたは不可侵。
悩みながらも、苦しみながらも、どこかで俺たちを超越してしまっている。
犯せないし、奪えない。
あの日、俺が抱いても、染み一つつけられない気がした。)

(うらやましい。
あんたは俺と似てるようで、その実正反対。)

(俺は、もう、すっかり奪われた。
この身体には、目には見えない穴があいてる。
傍目には何一つ不足のないはずの身体なのに、それは致命的な欠落。)





「――それとも俺、女にでも生まれるべきだったかな。」

キルアの切実な気まぐれに、私はため息をつく。

「…いずれにせよ、現実にそうなったとたん、言った事を深く後悔すると思うぞ。」

「そうだな。きっと、そうなんだろうな。」

そう。他人の芝生は青いんだ。



キルアが起き上がり私の顔を覗き込んだ。
至近距離に深い翠の瞳が揺れてる。
そして冗談ぽく、でもどこか思い詰めたような眼差しで言った。

「あのさ、」
「何。」
「キスさせて。」
「なんだ、突然。」
「いいじゃん。そのくらいもダメなわけ?」
「……。」

躊躇を勝手に同意と読み替えて、白い腕が私を引き寄せる。
唇に柔らかな感触。調子に乗って向こうは舌まで入れてきた。
まあ、いいさとまともに応えてみたら、一瞬向こうの動きが止まって、背中を抱くその腕に少し力がこもった。

そのまま二人、この単純きわまりない行為につかの間の間熱中した。



唇が離れて、先にうつむいて目を反らしたのはキルアの方。
伏し目がちの長い睫毛をみながら、これも彼らしいと私はひとり苦笑した。








終わり






【作者後記】

……始まり方、とんでもないですね。
お気に触ったらごめんなさい。って、遅いですか。
言い訳すると更に墓穴を掘りそうなので、もう何もいいません。すいません。

あ、でも、一応インスピレーション元だけ礼儀として書いておくです。「はらわたを…」の部分、男の子でこういう台詞を言う人は少ないんだろうと思いながら書きましたが、元ネタとしてお借りしたのは、前にも一度引き合いに出したことのあるJ.T. リロイという作家のコトバだったりします。すごく数奇な運命を辿った、まだ若い男の子です。機会があれば日記ででも話題にするかも、なくらい私が勝手に気にしている作家様です。
では、そういうことで、お粗末様でございましたm(_)m
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