You are my only......

あなただけを

それがいつのころからなのか、はっきり覚えている訳じゃない。


気づいたら、特別になっていた。
兄さん、あなたが――



何故って、それは、

あなただけだったから。
僕の事をこんなふうに、見るのは。

今日もほら、父さんが僕を呼んでる。
母さんが僕に新しい着物を着せる。
なんて愛らしい着せ替え人形。
父さんがそれを喜んで脱がすんだ。
僕は微笑む。父さんも微笑む。
力を抜いて、こころを空にして、
身体を預けると、
素敵な遊戯が待っている。


みんな僕の身体で何が出来るかを知っていて、
色々なものをほしがってやってくる。
与えられる課題をこなすうちに日々が過ぎる。
毎日毎日くりかえす。
日が昇り日が沈む。

生きるってきっとこういうこと。


(常に前進。確実に進歩。
昨日より速く沢山殺せるようになった。
ご褒美といって父様が僕を抱く。
一昨日より気持ちがよくて声が出た。
良い子だねって頭をなでてくれた大きな手は微かに血の匂い。
昔痛くて恐かったことも、今日はもう大丈夫。
明日の課題は何かな?)





だけどいつの頃かあなただけが、
僕に怒りを向け続けていた。

表面は無関心を装いながら、怒り、蔑んでいたんだ。
怒りと軽蔑が度を過ぎて、哀しみのような影をその白い頬に与えるくらいまで。



(……でも、一番嫌いなのは、兄さん、

…あなた自身、だね?)



イル兄さんの前では自己嫌悪を噛み締めながら、媚を含んだ憂える視線を反らすあなた。
僕の前では苛立を押し隠しながら、攻撃的な眼差しを向けた後すぐにそっぽを向く。
それは多分、同族嫌悪。


(ねえ、僕はあなたに…似てる?

だとしたら……嬉しい。)


そう、あなただけだった。
僕に感情をぶつけてくるのは。

何かのために僕を見るのではなくて、
僕について何かを思う事をやめられないのは。

僕を見ると苛立つ?
ほら、無関心を装いながらまた、視線の端で僕を追ってる。

見つめるくせに、抱こうとしないんだね。何故?

(父さんとも、ミルキとも、イル兄さんとも、あなたは違う。)

(不思議なひと。
でも…ちょっとどきどきするよ。
どきどきして、少しだけ…むねが痛い。)



あなたは僕を見て、自分の中にわき上がる感情を僕に投げかける。
僕はそれに戸惑い、初めて―――引き戻されるんだ。

何に?

…僕自身に。


視線の行き交う交差点、欲望の手段でしかなかった僕が、
あなたのまなざしを受けて突然、感情の対象になる。


* *


父さんの寝室から帰るとき、ときどき、イル兄さんの部屋から出てくる兄さんと出会った。
無言ですれ違うその一瞬、あなたが僕を見る。

僕は自分に目が、鼻が、口が、あごが、首が、ある事を意識する。
不機嫌な視線がつきささるから、自分のはだけた胸元にも気づく。
地上に引き戻される。
僕が僕であることを知らされる。

(頬が、熱い。)
(胸には鼓動。)

僕があなたを見る。
あなたはもう、僕の方を向いていなくて、
通り過ぎていく斜め後ろ姿。

それは名残惜しいような不思議な瞬間。
せめてと思い、あなたの首筋についた紅い痣を視線でなぞる。
悲鳴の、痕。
イル兄さんとすごした、時間の所産。


もっと、もっと濃くなればいい。
見つめる僕の想いの分だけ、強く。


まなざしが、跡を残せればいいのに。


一生、消えないくらいに、深く、強く、灼け付くような、痕を。




* *


だけどあなたはもう居ない。
あの日、静寂を破った侵入者たちと共に消えた。
母さまが一人ヒステリックに叫んだけど、それもすぐに収まってまたいつも通りの静かな日々。

ただ、

一人僕だけが、
焼き付いてしまった光景を忘れられない。

あの日ありったけの思いを込めて見つめたのは兄さん、あなたじゃなかった。
それは、あなたを奪いにきた黒髪の少年。
僕と同じ黒い瞳の、でも太陽の名残を残す肌をした別世界の人間、
ここにいるべきではない招かれざる客。
その肉を、骨を砕きそこねた無能な番犬と裏切り者の番人を呪った。

(これが妬み、感情。)
(自分にもそんなものがあると知った瞬間。)

でも彼は仲間と顔を見合わせ、素朴に怪訝な眼差しを向けただけだった。






ああ、兄さん。


失ってから初めて――――わかったよ。


あなたは僕の、定点。


ぐるぐるまわる機械仕掛けみたいな毎日のなかで、
何もかもが精巧に組み立てられた世界の中に、
突然現れた、唯一確かなもの。



兄さん――キルア兄さん、


意味は無いけど、一人そっと囁いてみる。

帰って…来てよ。


真夜中に、大理石を裸足で踏みしめ立ち尽くす。




あなたがいなくなって、何がなんだかわからなくなった。
自分がどこにいるのか、とたんによく見えなくなって。

父様に微笑んだり、殺したり、母様にほめられたり、毎日がめまぐるしくて、でもいっつも頬が寒い。



足下から大地の確かさが消えて、胸にはもう灯がともらない。
今夜もはだけた着物のまま一人、暗い廊下をさまよってる。


ああ、うまくいえない。

月も隠れてしまった。闇はどんどん深くなる。

でも、一つだけ確かな事、



あなただけを、

僕は――――





END



【作者後記】

カルトはどーしてキルアがあんなに好きなんでしょ、というソボクな疑問を勝手に解釈してみました。
絡みもちっと多くしても良かったんですが(3pとか…ゲフン)それはまたの機会に譲るとして、今回は異様に禁欲的な設定にしてみました。多分、これだと指一本触れてないよ…(汗)

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