accorde-moi la grace de l'oubli.

月光

そうなったのは、些細なきっかけから。
半月の仄かな宵だった。

森の中にいた。
簡単な仕事。私有地の密林に隠されていた盗品を横取りしてあとは売りさばくだけ。
昼から動いて日も暮れて、他のメンバーの気配はさっさと消えて僕だけが残されたと思ったら、彼がいた。


ほんの少し、誘うようなそぶりはみせたかもしれない。でも、はっきりそのつもりでいたわけでもない。
木立の向こう側とこちら側で視線があったけど、いつものようにすいと目線を流して、かまわぬ振りして暗い小道へと分け入っていった。影のように、だけどわざと気配を完全には消さずについてくる存在を意識しながら。

何を言ったっけ。
あまり良く思い出せない。

「沢山見つけた?
その服の下に色々隠してそうだね。」

盗品といっても大した大きさじゃないのも多いし、例えば卵ほどの大きさのダイアモンドなんかあったとしたら、仲間にも内緒で服の裏に隠し持って売りさばいた方が面白いに決まってる。旅団として請け負った仕事だから、原則利潤は山分けってことで合意してるんだけど(まあ、情報収集役の人の苦労を考えればそれはそうだよね)。

「カルト、好奇心強すぎね。」

月はまだそのとき、出ていたと思う。

「それ、災いのもと。」

「…かもね。」

闇よりも深い、黒い髪。鋭い瞳も夜の色。
僕と、同じ。


月光が雲に、陰った。


間合いを詰められているのにわざと気づかない振りをした。
誘っていたのは僕?
それとも…




* *


闇の中目が慣れてきて、露になった相手の身体の思ったよりもたくましい肩や胸のラインを視線でなぞる。


少し、似てる?
いや、そんなことないな。
むしろ全然違う。

僕の悪い癖。
いつも、懐かしい誰かと比べてしまう。
もう幾度、幾人の人とこれを繰り返したことだろう。



脱げた着物のひもが脚に絡まるのを気にしながら、無意識のうちに手がつかんだのは彼の上着。柔らかい下草の生えた場所に無造作に置かれた、黒い長い民族衣装みたいなやつだ。その上に今、横たわってる。



旅団の同僚、男性、年齢不詳。他のメンバーと比較して特に際立った接点も無ければ、特に関係が遠いわけでもない。
僕よりも実力は上だが僕には彼に無い能力があって、直接利害が衝突することはない。
他に、彼のことは何も知らない。これからも知るつもりは無い。
必要も感じない。
互いに、たまたま情欲の火がついたから今、交わる。それだけ。



疑問もなし。質問もなし。
ただ、黙々と。



もう初秋。火照っていく身体に冷やかな外気が心地いい。
吐息の合間、聞こえるのは虫の音と鳥の声。




そういえば僕はずっとずっと昔から、相手の本質を捉えようとか相手の隠された素顔を見たいなどという願望が、どうやったら人々の心に生まれるのかをまるで理解しない子供だった。




だけどあの人は―――僕の懐かしいあの人は、どうして、どうして、と問いかけることをやめられない子供だった。
彼は決して僕の前でそれを口に出そうとはしなかったのだけど、僕には聞こえた。暗い森の中で、薄暗い地下牢へと続く廊下で、月の無い夜に、薄やみを切り裂く朝焼けに。細く、弱く、恐らくはほぼ無意識に吐き出されつぶやきの声が。
(大抵は、僕の紙人形達が伝えてくれた。)

どうして、と問う事をやめられない彼が不思議だった。
わかりきっていることを、あきらめもせず、繰り返し、繰り返し。
飽きもせず口に出しては苦しむことの繰り返し。
そしてついには、家を出て行った。周りも自分も、傷つけて。

馬鹿だと思った。
笑ってやりたかった。



(違和感そのもののような、人。)


(でも、)
(…だから忘れられなかった。)
(その存在まるごと、心に突き刺さるようで、)


(あんな人、もう二度と会えない。)


* *


痛っ…

肩に鈍い感覚、噛み付かれたのだと一瞬遅れて気づく。

快感にぎりぎり近い感覚ではあっても、それはまだ苦痛の範疇だった。身体がまだ熱しきっていないのは、愚にもつかぬ回想に気を取られたせいだ。自覚しつつも、すぐに思い切り後ろから突き上げられて自動的に叫ぶ。
もっと、もっと、と。



本当にそうしてほしいのかは自分でもわからないけれど、ただ唇が震えるんだこんなふうに。


彼はいささか乱暴だ。でも幸いな事に下手じゃなかった。だってほら、さっきの所業に抗議の声をあげるべきか迷っているそのそばから、もう、違和感も苦痛も身体の奥で解けて別のものにすり替わっていく。

僕はこれを知っていた。
ずっと前から、本当に昔、子供の頃から、散々学んだことなんだ。
真昼の木陰で、夕暮れの地下牢で、満月まぶしい父さまの寝室で。

何故?
無駄だよ、問いなんて意味ない。
ただ、それはそういうものなんだ。ゆだね、飲み込まれるに任せ、過ぎ去っては忘れる、その反復。


一瞬見開いた瞳の視界に飛び込んだのは、
蘇った月光に浮かび上がる自分の白い指。
あても無く、ただ手近なものを握りしめたままの。


ああ、息が苦しい。



相手の動きがだんだん速くなって、僕の声に擦れた呼気が混ざってく。
体位はさっきと違って対面、僕の脚が向こうの肩にかかった格好で攻め立てられるに任せてる。昔から僕はこの姿勢に弱いから程なく余裕の無い悲鳴しか出なくなり、身体に痙攣が走る。あ、いく。

と、そのとき、ずん、と突き上げるように僕を深く貫いた後、彼が不意に静止した。
達したにしては奇妙な静けさ。朦朧とした頭で僕が訝しく思ったその瞬間、彼がぐっと身体を引き抜いた。うっすら目を開けると、荒い息のまま震えるような切羽詰まった表情の彼が見えて、思わず僕も息をのむ。

その瞬間、
「…!!」
白い液体が視界の隅ではじけ、反射的に顔を背け目を閉じた。

生々しい体温の名残が、降り注ぐ。
頬に、唇に、首に、胸に、腹に。

…やられた。最低。



予告も無くこんなの、不愉快だ。

はっきりそう口に出そうと起き上がったら、至近距離に顔、キスされた。
最初は軽く、そのあと頬に唇を這わせる感触。
彼自身の体液で濡れた頬をためらいも無くその舌が舐めとっていく。頬から瞼、額、鼻へと下りて、そして唇へ。有無を言わさず舌が僕の歯列を割り込み、侵入し、中をかき回す。苦い味がゆっくりと唾液に混ざっていく。

汚いな。

―――だけど僕も、自分の舌で彼のを押し返し、もっと深く交わるために角度を変え、相手の首に腕を回すんだ。そして触った背中が汗で濡れているのを感じながら夢中でかき抱く。
奇妙な恍惚感。
この感じ、何かに似てる。



浮かんだのは奇妙に、懐かしいイメージ。
間違って床の上に落とした卵。
上から踏みつけて指でかき回して遊んだ。
思い切り、めちゃめちゃにもっと壊れるように。
黄金が埃と砂と混じってすっかり汚くなるように、赤い血みたいな固まりが有るのも指ですりつぶすように絡めて、のばして。

それは何かを思い切りぶちまけてしまった後の、快感。
息が詰まるような思いでそっと手にかき抱いていたものが無に還った、そのあとのような気分。

もう終わり、取り返しがつかない。
(眠りは妨げられた。雛は永遠に帰らない。)

だから、壊す。
徹底的に。

最初からそんなものは無かったんだと思えるほど、激しく、完膚なきまでに。
(―――解放。)



側にいるのは偶然の相手。
でもいい。かまわない。
壊そう、一緒に。

何を?
知らない。
でも、
他の何を知らずとも、この瞬間、意味の無い戯れだけが、とてつもなくリアル。
問う必要なんて無い。




唇が、離れる。
呼吸音。

額と額が、頬と頬が合わさって、唾液だか体液だかわからない液体でべたべたひっつくのを感じながら、二人息をつく。



となりあった横顔、気づくと彼はくすくす笑っていた。向かい合って僕の肩に少しもたれるような格好のまま、いとも可笑しそうに。


そして身を放すと、あの細い目で僕を見て一言、

お前、面白い奴ね。

と言った。






END




【長い言い訳】
ゴンキルサイトのくせにこんなんかいてすいません。
フェイタンやや別人気味なのも…m(_)m
でもなんか、時々むしょーに「そーいえば、あの二人の周りの人は何してんだろ?」という気分になるのです。あと、個人的にとってもカルト萌えなのです。特に今回等どうも煮えきらない話を書いてますが、一応和服を想像して萌えているのです。これでも。

で、そのカルトなのですが、以下、私の妄想話を長々と書くと、ゴンとキルアが光と影ならカルトとキルアはポジとネガという感じな気がしてます。要は、キルアとゴンは同一画面上にいて、光だったり影だったりするんだけど、カルトとキルアは同じ画面を構成しない。つまり、相容れない。だけど、同じ絵を全く逆の配色で描いているのかもしれないのです。
わかりにくいい言い方ですいません。でも、思ったのは、例えば人生などでも、似たような体験をして、同じところに引っかかってたりするだけど、正反対の方向にいってしまうというか…。そういうイメージが有ります。

キルアはなんだか、出来事に意味とか、本質とかを求めてしまうことをやめられず泥沼にハマるタイプにみえます。サキオの脳内設定では、実はイルミも、キルアとちょっと似たような感性と傾向を持ってて、でも無理矢理それを封印することに成功してるタイプと思ってます。要は、長男でいい子ちゃんタイプなんです。どっか無理してそのまま大人になった、みたいな。
対してカルトは、なんか感性自体違いそうですね。ある意味、キルアよりもイルミよりも精神的に解放されていて、たとえ似たようなことで悩むにしても、全然違う方向に解決をしてしまうという感じでしょうか。だって原作でだって、「反抗」という形でしか家を出れなかったキルアと違い、うまいこと旅団に交じり、結局「自由」を手にしてますもんね(今の時点で、ゾル家の仕事にそれが直接関係があるとはあんまり思えないし)。
なにげに一番恐い子供かも。

ちなみに、原作で見てしまったので言葉遣いは「僕…」で統一してますが、この子ばかりは本気で性別何でもいいですね。いわゆる「フツーの男の子」以外なら、何にでもなりそうです。女も有り、トランス(手術でとっちゃうような)もあり。ま、単なる純男(←手術せず性同一性障害でもないフツーの男の子)ってゆーオチでもいいけど…。

なお、フェイタンは…この人、いまいちよくわからんですが、カルトと波長はさほど遠くない気がする(と勝手に妄想)。なんか、同一平面上にはいそうですね。でも、カルトが具象画なら、彼は完全な抽象画っていう感じがしますが。むー、ますますわけわからんこと書いてますね。もう少し今度整理したいです…。(05/12/3)


一カ所だけ、フェイタンの口調直しましたm(_)m (05/12/14)
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