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俺は薄暗い部屋の中にいる。男がいっしょだ。壁に押し付けられ、ジャージがずり下げられる。男は異様に強くて、天空闘技場帰りの俺の動きをやすやすと封じている。ねっとりとした息が首筋に吐きかけられ、最初は男の指が、次に性器が俺の中に入ってくる。壁のしっくいの感触が頬にひんやりとして気持ち悪い。早く終わんないかなと思いながら、動きをあわせる。男が果てると同時に、鈍い音がした。
動かなくなった肉塊を身体から引きはがし、振り向くと兄貴が立ってる。遅いよ兄貴、と俺。アノ瞬間くらいしか彼に隙がなかったのさ、と答えが返ってくる。よくやったね、キル。手が伸びて、頭をなでられる。そのまままた壁に押し付けられて俺は目を閉じる。衣服の擦れる音がして、今度は兄貴のが入ってくる。俺はまた、調子を合わせる。いつもやっているみたいに。

いい子だ、今度みたいな仕事には、お前は本当に役に立つよ。

低いささやき声が闇に溶ける。
殺したばかりの死体からは血の匂いがした。

遠い日の思い出。



* *


自分が汚れている、と思っているの。

声がして、振り向くと、黒い目が俺を見ている。
ゴンと二人、並んで横たわっていた。

俺は視線を合わせていられなくて、そのままぼんやりと天井を見る。


ふと、となりでゴンが起き上がる気配がした。

クジラ島にさ、毎年漁師の船がたくさん来てさ、そん中に女の人ばっかりの船もあってさ。

…ああ、前に言ってたな。で、年下好きのお姉様方にかわいがられたんだろ。

そう、まあ、それで街に連れて行ってもらったりしたんだけどね。

いいじゃん。俺なんかまともにオンナと遊んだ事無いぜ。変な体験ばっかり…あって。

うん、でも俺、お金もらった事有るんだよね。

そりゃ―相手が年上なら、おごってもらったりとかするだろ。

いや、そういう意味じゃなくて。

思わず俺も、起き上がる。
……まさか、ヤッたとか?…って、お前そのときいくつだよ。

まじまじと覗き込むと、やつが苦笑いする。

いや、さすがにそれは無いよ。でも、今から思えばちょっと変だなーみたいなことを頼まれたりしてさ。街で急にホテルみたいなところに連れてかれて、そこで一緒にお風呂に入ろう、とか。10歳くらいになってたかな。

…ゲー。で、どうしたんだよ…。

ちょっと恥ずかしかったけど、一緒に入ったよ。別にそれだけだったんだけど、そしたらお金もらってさ。まあ、お小遣い程度だけど。で、帰ってそれをミトさんに見せたら、どうしたのこれ、っていわれて。説明したらすごい怒られた。もう二度とするなって。そういうのは、いやだっていわないといけないって。

な、なるほど…。

でもね、ひとつ、ミトさんにどうしてもいえなかったことがあるんだ。

何だよ。

俺、恥ずかしかったけど、イヤじゃなかったんだよね。そのとき。

…エロガキ。

いや、そーじゃなくて。

って、そーだろ!

違う。それだけなら、ただの笑い話になるじゃん。
言えなかったのは…

一瞬、ためらう気配がした。

その人、ちょっとだけ、ミトさんに似てたんだ。

……。

だから多分、イヤじゃなかった。

…そっか。

やばいでしょ、俺も。

ゴンが笑う。そして改めて気づいた。こいつ、苦さを知ってる目をしてる。手に入らないものがあることを、知ってはならないものがある事を、人生の早すぎる時期に気づかされてしまった子供の目。

ゴンは赤ん坊の頃親父に捨てられた。ミトさんがゴンを引き取った。そして、従兄で、おそらくは好きだった男の子供を、育てた。

自分を捨てた親父を好きだった女に育てられるって、どんな気分だろう。俺には想像もつかないし、ゴン自身にもわからないのだろうと思った。

だんだん父親に似てくる自分を意識しながら、明るい色の髪をした優しい面立ちの人と、静かな湖水のほとりの家で二人暮らした12年間。確かなのは、島を出なければならない日がきたと、あるときゴン自身が悟ったという事実だけだ。

今、ゴンは親父を追いかけてる。親である事を捨てた男の後を、どこまでも。

家族から逃げたい俺と、逆。

…キルアに何があったかよく知らないし、俺はキルアが初めてで、全然他に経験ないんだけど、

うなじに手がのびて、引き寄せられる。額と額がくっついて、吐息がかかる。さっき分け合って噛んでたガムの香料の匂いがした。

でも俺、別に無邪気でも純粋でもないから、何も心配しないでほしいんだ…。


家族を捨てたい俺と、逃げる親父を捕まえたいゴン。
ただのフツーのガキになりたい俺と、親父にみたいになりたい(成り代りたい?)ゴン。
兄貴にヤられてた俺と、育ての親へのまなざしに当惑したゴン。

正反対なようで、似てるかもしれなかった。
鏡のこっち側と向こう側みたいに。
対極にある光と闇が、互いに相手無しでは自分の存在を再確認出来ないように。

いや、それとも――俺たちがそう、思いたがっているだけ?
永久に失われた何かの代わりを探していることを、ごまかしたいがために。


ゴンが俺にキスした。
俺も応えたそのときに、一瞬だけ、よく知っている誰かの面影が浮かんで消えた。同じように黒い目をした、あの。

唇が離れて目が合ったとき、ゴンが、優しいあの人の顔を思い浮かべていないことを祈った。






fin.


〈いいわけ〉
ゴンは基本的に、ミトさんを本当に親と同じように考えてると私も思うんですが、つい、「こういう解釈もアリかな〜」と筆が滑って書いてしまいました。
そもそもの間違いは、ジンとミトさんの話ってどーも雰囲気有りすぎるよなあ、ゴンはどうしてミトさんを名前で呼ぶのかなあ、などなど思ってたことでした。
今後このネタはあまり引きずるつもり無いので、まあ、今回限りと思って忘れてください…。
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