"sale petite pute", on m'a dit

il m'aimait.

彼ハ僕ヲ愛シテタ


淫売…って言葉、家族から覚えた。
普通こういうことって、ないんじゃないかな。
それとも、よくある話?

わからないや。





ねえ兄貴。



うたた寝してた俺の足をつかんでひき寄せた。
それが合図みたいに、うつ伏せのまま俺は腰を持ち上げる。
頬にあたる床が冷たい。

なにもいわないでもタイミングがわかってる。いつ始めればいいか、どういう姿勢をとればいいのか。

唾液がかかって、指が触れる。濡れたそこを押し広げられる感覚はいつも奇妙で、とりあえず声が出る。
なんでかわからないけど、音が出る。楽器になったみたいに。
十分に広がったか広がらないかのところで、性急に固く熱いものが触れるのもいつもどおりで、あ、くるな、と覚悟を決める。
次にくる刺激に備え、ぼんやりしていた右手を慌てて自分の性器に添えて、いじる。無心に。

突っ込まれながら自家発電。鋭い快感が前から広がって、後ろから侵入される違和感を押し流していく。

良かった、間に合った。
痛みに近い異物感が、ごまかされる。そして間もなく別のものへと変わる。突き上げられるたびに、性器からの快楽すら吸収するような深く強い感覚が、そこから広がる。

押し殺した声が、喉の奥で耳障りな音を立てた。
傍らにあった適当な布地をきつく握りしめる、左手。
この感触、タオルケットだなと一瞬遅れて認識する。

背中からささやく声がした。低いオトナの声で、俺に。

…お前はこれが好きなんだね。

....うん。

自動的に声が出る。

自分からこんなに触って、そんなに気持ち良くなりたいのか。この淫売。どうしてほしい?

…もっと。

声がかすれる。微笑みすら浮かべていたかもしれない。

もっと、して。


兄が低い声で笑い、思い切り深く俺をつらぬき、揺さぶる。
たまらず叫び声をあげたら、うるさいと殴られた。


兄貴。

ねえ、

どうして。


俺はずっと、問い続けてきた。

強い兄。賢く美しい兄。

崇拝していた。
単純に影響されて、追いかけていた。

父と祖父は俺たちを見守り、見張っていたけど、遠くて、いつも側に居たのは兄。
俺の知らない広い世界について話をしてくれたのも兄。
二人でこなした仕事だってある。



ねえ、どうして俺にこうするの?
そして俺はどうして、こんなにもやすやすと受け入れてしまう。

ときどき頭が痛くなる。
余計な事を考えすぎるのかな。

最近よくイライラして、まわりの物を壊したりする。
訓練なら外でやれと母親が言って、森で一人暴れまわり日が暮れる。
頼まれもしないのに、罪も無い小動物の死骸を増やす。
帰ってきたら、食事、そのあと兄との修行が待ってる。
そしてまた同じ事の繰り返し。



最初の時の事を、よく覚えている。

俺は今よりずっと背が小さくて、その日の兄貴はいつもより少し優しかった、ような気がする。
仕事帰りで、駆け寄ったら服からまだ新しい血と泥の匂いがした。
着替る時間がなくてね、と微笑んで俺の頭を撫でた。

いつもの訓練をするために、二人で地下の体操室にいた。
俺は、積み上げられたマットに座ってお菓子を食べながら、兄が汚れた服を脱ぐのを見てた。
そしたら目が合って、俺をじっと見る。
月の無い夜よりも黒い目。気がついたら兄が至近距離にいて、俺は菓子袋を取り落とす。
甘ったるい匂いに混じってかすかに生臭い香りがして、ゆっくりと兄が俺に寄りかかってきた。
俺は何か言おうとしたけど、声なんかでなかった。兄の身体は大きくて、重い。
ナイロン生地のジャージがあっという間にずり下げられ、大きな手が下半身を這い回る。
何が何だかよくわからない恐怖と快楽に襲われる。
そして兄は、混乱している俺を、押さえつけて、犯った。

一回目は呆然として声も出なかった。
二回目は少し馴れて、痛みに悲鳴をあげたら殴られた。
三回目くらいから、痛くしないためにどうすればいいかわかってきた。
教えたのは、兄貴。
無言で俺の手をそこに導いてこうしろと示してみせた。
俺は忠実にそれを実行して、うまくいった。

その全てに馴れたころ、「シゴト」でも使うようになった。
色仕掛けで隙をつく。
場合によっては二人掛かりで、俺が気を引いて兄貴がしとめる。
かなり強いヤツでもおかしいくらい巧く殺れた。




「お前はこれが好きなんだね。」

重い大人の身体。俺に微笑みかける瞳。光が淀んでうごめく虹彩。
どうして兄貴がそれを言うの。
俺はただ、兄貴が望むように、必死で覚えただけなのに。



…ああ、そっか。

俺を、共犯者にしたいんだね。

それとも、ずっと続いてきた何かを伝えたいだけ?



祖父の眼差し。
凛々しい父。
兄を見る、父の瞳。
そして、少女のように美しい弟。


秘密を分かち合う者達の目。

夜ごとの悲鳴。



じゃあ、これが俺の役目なのかな。

断ち切る事。
ずっとずっと続いてきた、その連鎖を。



繰り返された夜の思い出も、
絡まる黒髪の記憶も過去になるように。







実際、あれからもう、ずいぶん多くのことをわすれてしまった。
おかしいくらい記憶に穴が開いてる。
必死に、「普通の子供」として生きていこうとしてる自分を感じる。





だけどさっき、お菓子を食べて吐いた。


もうだいじょぶと思いこんでた。あの日のと同じ銘柄だってことすら気づいてなかった。
なのに口にしたとたん、甘い香りに吐き気が喉の奥からこみ上げた。




....どうして俺、受け入れていたのかな。

弛緩した笑みを浮かべて、尻を振っていた。
俺の中から性器が、抜かれて、
そのたびに、内蔵ごと持っていかれるような気がした。
シーツを汚す赤褐色の液体。


夜ごと奪われ続け、ぽっかりと穴が開いてしまったんだ。
埋められない傷。
失われた欠片は、どこかに持ち去られたまま。


代わりになる何か見つけようとあがいてる。
でも、うまくいかない。


仕事のたびに、他人の心臓抜き取ってた。
その報いかな。





ねえ、兄貴。



どんな優しい思い出も叶わぬくらい、
憎んでいたよ。


だけど、
憎しみが募るほどに、






……淋しさがとまらない。









END




〈作者後記〉
言い訳がましーですが、これ書くときに色々参照してしまったものがあるんで、ご参考までに以下に列挙します。ポリシーとしてそういうのははっきりさせようかと。
タイトル(Il m'aimait)の意味は、「彼は僕を愛していた。」です。旅行中に買って読んだある本からとりました。もちろん、この「愛していた」はそうとうに捻れた意味で、です。
あと、「内蔵ごと持っていかれるような気がした」という一文は、すいません、ちょっとパクリです。これまた好きな本から借りてきました。
J.T.リロイ『サラと呼ばれた少年』に「男たちがペニスを抜いた後の出血も思い出す。かわいい赤ちゃんも、ぼくのはらわたも、みんな引きずり出されて、持ち去られたような気がした」(p. 82)というくだりがあって、すごく鮮烈だったのです。ショッキングだったのと、ああ、なるほどな、という両方が入り交じった思いがして、わすれられませんでした。
まあ、ハンタに何の関係もない話ですが。でも、これも一応、リロイ氏とトガシ氏に敬意を表する意味で、書いとこと思いました。ただの二次創作やってるやつが言うべきかはわからんですが。そういえば今度、同じJ.T.リロイ原作の映画が放映されるようで、是非見に行きたいです。
さいごに、「淫売」はあまり、日本語の日常会話で使わん気がしますが、まあ、彼らの世界の言語で英語のBitchくらいの頻度で使われてたことにしてください。これはただのいいわけですが。




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