A qui tu penses quand tu fermes les yeux ?
Hotel
兄弟だと偽ってホテルに入った。
児童買春を目的にした誘拐やレイプ事件が絶えないこの国では、きちんとした理由がないと家族ではない未成年を連れた大人はどこのホテルにも泊まれない決まりになっていたからだ。
だからそのために僕らは、同じ名字を持つ名の記載された偽造パスポートを持っていた。少なくとも旅団の中では、偶然彼と僕は少しだけ肌の色や髪の色というレベルで似ているからあまり不自然じゃなかった。
この多民族の入り乱れている土地では。
フロントでキーを受け取り、指定された部屋へと向かう。
「兄弟、ね。」
エレベーターのドアが閉まったとき、フェイが笑った。
建てられてから50年以上は経ってそうな古ぼけた安ホテルだった。
いかにもケーブルで吊るされてますって感じのエレベーターは狭くて、荷物と一緒に二人入ると息が詰まりそう。
何か答えようとしたら、ガタン、と音を立てて目指す階についた。
無言で部屋に入り鞄を置いてベットに腰掛けていると、ハンガーに上着をかけていたフェイが振り返って言う。
「そういえばワタシ、お前の兄に会たことあるね。」
「え、そうなんだ。」
「知らなかたか。あれは、ヨークシンのオークションで仕事したとき、お前が旅団入る少しだけ前ね。」
どういう状況で会ったのかは、訊かなかった。
また黙った僕の横に、少し距離をあけて彼が座る。
「兄弟仲良かたか?」
「まあ…悪くはなかったよ。」
彼の方は向かずに答える。
「そう。家族仲いい、良い事ね。」
「…本当に、そんなこと思ってる?」
らしくない台詞に、つい疑問符。
「何故そう思うね。」
「さあ、どうしてだろ。」
眼を伏せて足元を見ると、窓からさす陽光がカーペットに鮮やかな図形を投げかけている。
仲間との集合は夜だけど、夕暮れもまだ遠かった。
「…まだ、少し時間あるね。」
ちらりと時計を見て彼が言ったとき、次に起こることの察しがついた。
「兄弟、仲良くしてみるか?」
そう笑って、肩に手を回し身を寄せてくる。
右肩に腕、背中に体温。左耳の側に彼の頬。
吐息がかかり、つられるように身体が熱くなった。
「こんな時間に、何…考えてんだか。」
「多分、お前が想像しているようなことね。」
そっぽを向こうとした、けれど、気持ちを裏切るように鼓動はもう、早い。
きっと背中越しに、伝わってる。
微かに敗北感。
気持ちを読んだかのように、ぐっと彼が体重を預けてきた。
*
いつものくせで、小さい叫びが漏れたのを押し殺した。
「こんな時間、誰もいないよ。声出しても大丈夫ね。」
そうだった。ここはアジトじゃないんだ。
可笑しくなってちょっと笑ったら、相手の手が僕の髪をかきあげる。
そのまま顔を寄せて、「好いか」と訊く。
うん、と答えた声が途切れた。確かに今日はいつもよりペースが早くて、もうこんなに乱れてる。
「呼んでみろ。」
「…え?」
「兄さん、と呼んでみるね。」
「…な、何…?」
「…ただの、遊びよ。深い意味は無いね。」
自身を僕の中に埋めたまま、耳元に唇を寄せて囁き笑う。
「…にい、さん、」
目をつぶり、小さく声に出してみる。
「聞こえないね。」
「…兄さん、」
「…まだ聞こえないよ。」
「兄さん……!」
瞬間、彼が僕を深く貫いた。
痛みに近い快感の入り交じった強い感覚、思わず悲鳴の様な声をあげた。
押さえつけられ、攻められ、抉られる。
悲鳴混じりの声で、壊れたように、僕は叫び続ける。
兄さん、
兄さん、
兄さん、
叫ぶごとに全身が熱を帯びていく。
身体が開き、深いところから溶けていく。
(これは罰?)
「…反応好いね、兄貴にやられて嬉しいか?」
彼が荒い吐息混じりに呟き軽く僕の額にキスした。
聞こえないふり、目を閉じたまま叫び続ける。
僕は答えない。答えられない。
こんな状況のくせに、瞼の闇に浮かんでいたのは只一つ。
懐かしい影。
一度も触れた事の無い、愛しい人。
遠い故郷の森、暗い木陰、仄白い横顔。
銀髪碧い瞳、目の前に居るこの人とはまるで正反対の、色彩。
兄さん。
ああ、兄さん。
どさくさに紛れ、堅く閉じた瞳から溢れる、液体。
ああだけど、熱いのは瞼だけじゃない。
身体の芯から———
自己嫌悪。
(数日前、本当の兄さんに抱かれる夢を見た。)
(幸せで、おかしくなりそうだった。それが夢というもの。)
(だけど僕は実際、あの人のことなど何も知らないから、
そのとき感じた肉体は、今僕に触れている、この人のものだったような気がする。)
(父様でもなく、他の見知った誰でもなく、あれは確かにこの人だった。
何故かそのことだけが僕にはよくわかっていた。
浅い眠りの中で。)
攻められ、突かれ、寝台のはじからずれ落ちそうになる。
彼が動きを止め、支えを失い宙に突き出た僕の頭を抱え身体を引きずり戻す。
その腕の確かさに安堵する。
だけど目は開けない。呼吸音。体温。触れた肌に汗の感触。
相手は何事も無かったようにまた再回。
慣れた人、慣れたからだ。
次どうするかも解ってる。
…きっと、今の時点で一番、僕を知ってて歓ばせてくれる人。
だけど瞼に浮かび僕を泣かせるのは別の人。
今何処で何をしているのかも定かではない、懐かしい、影。
これはどういうことなんだろう。
*
閉じられたカーテンから漏れる光はまだ午後の色をしている。
遠くに路地のざわめき。
ここに来る前通り抜けた市場を思い出す。
虚脱感。
さっさとシャワーを浴びにいって戻ってきたフェイタンが横で冷蔵庫を開けて、お前も何か飲むか、と訊いたけど素っ気なく首をふった。瞼がはれぼったくて、頭が重い。
そのままぼんやりしていると、「泣くほど良かたか」と小馬鹿にしたように頭上でフェイタンが嗤う。
そうだね、と言葉少なく僕は答える。一瞬だけ眼を合わせて顔を背けた。
何か言うかと思ったら、彼は答えなかった。
ふいと僕の側を離れる。
カーテンの布の滑る音がして、辺り一面に橙色を帯びた柔らかい光が満ちた。
背中に視線を感じて振り向くと、黒い瞳が僕を見てた。じっと見つめていた。
頬の片側と横髪に燃え上がる様な夕映えを宿している。微かに微笑んでいるようにさえ見える穏やかな、しかし何を考えているかは解らない表情。
でもその瞳が全てを見透かすような澄んだ光を帯びて見えて、僕はどきりとした。
そして突然、何の脈絡もなく思う。
——彼は気づいたのだろうか?
…まさかね。
(…第一、それが彼に何の意味がある?)
(僕にとって何が変わる?)
しばしの沈黙。
だが、先に目を反らしたのは彼だった。
そしていつもの素っ気ない調子で、「ささと支度するね。遅れるよ。」と言った。
END
【作者後記】
相変わらず何やら屈折した話を書いてしまいましたが、キルカルキル前提フェイカルということでお許しくださいm(_)m
うちのHPのフェイカルだとキャラ的にどうしてもフェイが(攻であるばかりか)Sぽくなるんですが、でも個人的には一見Sなようでいてよくよく考えると
どっちがSでどっちがMかわからなくなってくるようなのが萌えなので、そういうの描ければなあ、と思ってたり…します。
例えばこの話の場合は、まぁ、相手をいじめて楽しんでるんだか、自分の嫉妬心をわざと煽って楽しんでるんだか、ちょっと曖昧なところがあるかと(笑
こじつけると、そういえば原作でフェイのペインパッカーにぐっとくるのも同じ理由かも。拷問担当であんなにSっぽいくせに、技の発動が「大きいダメージ」というどこかMな条件だったりするあたりとか…。(06/6/4)