Erbarme dich mein, o Herre Gott

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  磔 刑の神  

朝早く、外へと抜け出した。
教会の鐘が鳴ってる。
広場には人影もまばらだった。

軋む重たい扉を開ける。静謐な薄闇、祭壇に朝日を浴びて眩いばかりのステンドグラス。
誰もいない聖堂に足を踏み入れる。


神。
リリンの神。
———僕のじゃない。


磔刑に処せられた聖人を見上げる。神の子。
十字架の上、黒く流れる血をしたたらせながら、全ての苦痛と罪を引き受けた。その果ての安寧の中にいる姿。


「運命か——」



僕ガ生キレバ世界ガ滅ビル。
世界ガ永ラエバ僕ハ滅ビル。




いつか行く遥かな地を思った。
写真でしか見た事の無い東の海の果て。
終わらない夏、連なる山並み、また別の神々の住まう土地。

磔刑の異形が僕を待っている。

アダム、僕と同じもの。僕を創り出した神。
還るべく定められた、場所。





教会を出ると朝日が眩しい。
随分と長い時間を過ごしてしまったようだ。
白鳩が二、三羽砂地をつついている。

リリンの少女がいた。
丁度僕くらいの背丈で、訝しげに僕を見つめる瞳は空の蒼だった。
(彼らなら「同じ年頃」と表現するのであろう。)
肩まで垂れた赤みがかった金髪が陽光を受けてしなやかな艶を作っている。

少女は異邦人の顔をしていた。
明るい色をした髪と白い肌はこの地の少女達と似通っていたけれど、瞳が違う。
それは、もっとずっと遠い場所から訪れたものだ。恐らくはここよりずっと東の地から。
リリンの世界をさほど知らない僕にもすぐにわかった。

"Guten Tag."(こんにちは。)

僕は微笑み挨拶した。

"....Guten Tag."

細い声が答えた。警戒、とまどい、それと裏腹の僅かな高揚感。繊細な表情が、きっと人々は「美しい」と評するであろうその顔に走り抜けた。
ああ、本当に、リリンの心はなんて豊かなのだろう。
何でもない一瞬の交流に、彼らの心は震え、いとも微妙な色彩と音楽を奏でる。
その音色は、当の彼らには聞こえず感じられないらしいが、風に乗って僕へと運ばれてくる。




一度だけ立ち止まり、僕は振り返った。
少女が教会の入り口と歩いていく。重い扉に手を当てて押す。
しかし戸は開かない。
渾身の力を込めて、もう一度押す。
やはりびくともしない。


僕は視線を戻し、また歩き出す。

見なくともわかっていた。
教会の戸口に立ったまま、少女が驚いたように僕の後ろ姿を見つめている。
彼女にはわからない。鍵のかかっている聖堂に僕がどうやって入ったのか。
そして、これからどこにいくのか。



一生わからないだろう。






(でも、ひょっとしたら)
(君にもまた…会えるのかな?)









ママ、そこにいたのね?

ねえ、聞いて。

夢をみていたの。

ずっと、ずっと昔の夢よ。

天使に会ったわ。

ううん、天使じゃないのは知ってる。だけど、その時そう見えたの。

教会の広場にいた。

男の子。とっても綺麗な、不思議な色の瞳をしていた。

また、会えるといいと思った。




…でも、どうしてこんな夢を見たのかしら。

ずいぶん昔の、ほんの一瞬の思い出なのに。




そういえばさっき、一瞬だけ、何かが見えた気がした。
まぶしい空を飛ぶすがた。白くて大きいな影が、たくさん…

あれも夢?それとも…




(…怖い。)




ずうっとこうして眠っていたい。
このまま青い水底に、ずっと。

ママのなかで。




END


そしてこのあとは映画版の量産期戦シーンへと…(←鬼畜)
貞カヲコミック記念なのに、庵カヲ設定ですいません。なお、磔刑は「たっけい」と読み、要はい わゆる「はりつけの刑」、十字架にかけられることです。
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